「ここの生活は辛くない?」
弟には姉が無理に明るい表情を作っているのが痛いほどわかった。
いくら明るく振舞ってもその内心はストレスを溜め込んでいるはず。
なにしろ、つい先月まで普通の大学生で、普通の生活を送っていたのだ。
気持ちを少しでも楽にしようと思い、ここの愚痴を聞いてやろうとした。
「うーん。辛くないかと言われれば嘘になるわね。ここは薬物犯罪専用の拘置所なので規則や身体検査が厳しくて。 早朝には点呼や挨拶があるし姿勢の練習まである。 おまけに部屋のトイレはむき出しで廊下から筒抜けだしで。もうそれが嫌で嫌でね……」
一転して暗い声。よほど嫌なのか悔しさを滲ませた声だった。
「身体検査……」
弟は無意識のうちに姉の胸元をじっと見る。
すると白いTシャツの上からうっすらと乳首が透けて浮き出ているのが見えた。
その時、弟は初めて気がついた。
今の姉はブラをつけていないことを。
姉が自分の意志で、ブラを付けない選択をするわけがない。
つまりここはブラ禁止。収監された女性にノーブラを強制している。
ブラは女性の敏感な乳房や、乳首を保護するものだ。
それを禁止することは、一種の性的な拷問ではないのか。
少なくても罪も確定していない未決の姉が、こんな目に合う必要はどこにもないはずだ
弟は理不尽な規則の一端を見せられ、唇を噛み締めた。
「馬鹿な話だと思うわ。こんなところで薬なんて手に入るわけないし身体に隠せるはずもない。いくら毎日、身体を調べても無駄なのにね。でも、規則は規則。 ここで生活する以上、それは逆らえないの。例え私のように刑が確定していない人もね」
弟に語ると言うより自分自身に語っているかのような姉の言葉だった。
「……」
最初は愚痴を聞いて少しでも気を楽にしてやろうと思っていたが、 姉がここでどんな生活をしているのか気になり始めた。
もしかしたらノーブラの問題なんて可愛いものではないのかと。
「早朝の点呼挨拶ってなに?」
弟が何気ない疑問を口にしたらあからさまに姉の表情が変わる。
だが弟には姉がここまで拒絶反応をしめす理由がわからない。
挨拶なんて日常的に行われていることでしかないからだ。
姉は悔しそうな顔をしながら言った。
「あれはそうね。自分の立場を思い知らさすための儀式みたいなものかな」
「立場?」
弟が首を傾げると突然「4番。時間だ」と、男の声がした。
姉がいる側の扉が開き、若く新人みたいな男の刑務官が入ってきた。
4番と大きな声で言われて姉の表情は曇り、弟の顔は歪む。
弟も話には聞いていた。ここに収監された人は名前ではなく番号で呼ぶと。
これは刑が確定していない姉も例外ではない。
姉と大して年齢が違わなさそうに見える男に番号で呼ばれながら生活する。
あのプライドが高い姉にとっては、それだけで身を切られる思いなのはよくわかっていたし、弟もそんな扱いをされる姉の姿は見たくなかった。
初 2014年12月01日
改訂 2025/01/11