22話 不気味な検査器具

 
 姉が全裸になると、部屋の空気が変わった。
 脱がしておいてドン引きするとはどういうつもりか。無性に腹が立ってきた。
 そもそも新人研修か何か知らないが、まだ判決も受けていない人物をこんなさらし者にしていいわけがない。
 ましてや練習相手なんて、もってのほかだった。

 場の空気を落ち着かせるかのように、警察官の朱音が姉の資料をめくりながら命令口調で言う。
「拘置所番号と容疑!」
 朱音は同じ新人でももう1人の童顔の警察官よりは冷静な感じだった。
 もしかしたらこんなシーンにも立ち会ったことがあるのかもしれない。

 
「○○拘置所。4番。薬物所持使用容疑」
 姉は乱暴な口調に苛つきを覚えながらも、決まられたセリフを言った
 だが反応がない。それもそのはず。命じた張本人の朱音は資料を読むのに夢中になっていた。
 ペラペラとページをめくっていた手が止まる。そして含みのある笑みを浮かべた。
 読んでいるページの内容に気がついた姉は知らず知らずのうちに体を硬直させ、全裸の肌に鳥肌が立つ。
 『見ないで』の叫び声を喉仏まで出かかったが必死にこらえた
 
 そう。あの資料には姉の全てが書かれていた。
 それは生い立ちや学校の成績といった生活面はもちろん、医学的な身体情報も含まれている。
 こうして裸を晒していることなんかよりも遥かに細かく屈辱的なものも多かった。

「へぇ。大学生だというのにまだ処女なんだ。中もきれいなピンク色で手付かずって感じだしオナニーも入れる派じゃないでしょ。真面目だねー」

(なっ、なんなの。この人)
 無神経なことを言われて姉の顔は羞恥と怒りで真っ赤に染まる。
 この恥ずかしい資料を読まれる屈辱の儀式自体は初めてではなかった。
 あの資料は移送先でも必ずチェックされるし、姉が知らないところでも見られているのは間違いないからだ。
 だから姉は初対面の相手すら常に裸を見られている負い目を感じ、持ち前の頭の回転の良さを発揮できない。

 それでも面を向かってこんなこと言われることはまずない。
 姉が無言の怒りを表すかのように口をへの字にしていると、朱音は鼻で笑いながら机の上に置かれた妙な形をした器具と取る。

「ひぃ」
 姉が反射的に声を上げた。
「ふふっ、そんな顔をしなくてもいいわ。あんたは処女なんだしこんなの使うわけないじゃない」
 朱音は手に持った検査棒をペロリと舐めてからくるくる回す。
 その検査棒は肛門を調べる細長いガラス棒とは違い、先端だけ妙に膨らんでいて少しカーブが掛かった長太いガラス製の器具だった

(あれは篠原が見せた性器内の検査棒……)
 姉は生唾を飲み込みながら見直す。
 やはり篠原に見せられたものとよく似ていた。
 篠原はこの検査棒のことを女性器の内部を拡張し隅々まで調べられる優れものだと自慢気に語った。
 そしてこれは刑務所に入るときに例外なく使われる検査器具だとも。

 普通ならそんなことはありえない。
 たかが違法物検査のためだけに処女が奪われるなんて考えられないからだ。
 だが、あの拘置所同様に薬物犯罪者のために作られた刑務所となれば、どんな非常識かつ非人道的なことが行われているのかわかったものじゃない。
 処女だから性器内の検査棒挿入は除外される。
 そんな甘い話は拘置所までであっても不思議ではなかった。

「ははっ。こんなもんに怯えちゃって可愛い。本当にあっちの経験はないんだ。こんな男が好きような体にしているのに勿体無いことで」
 朱音はそんなこと言いながら楽しそうに晒されている乳房に手を伸ばすが、
「触らないで!!」
 と、姉はパンと手を跳ね除ける。その瞬間、姉の顔にやってしまったと焦りの表情が浮かぶ。

 案の定、室内の空気が緊張に包まれる。
 もしここで朱音が『反抗の意思あり!!』と宣言すれば、すぐにでも応援がやってきて、姉は拘束具を付けられ、体を自由を奪われる。
 そうなれば取り調べどころじゃない。速攻で拘置所に戻されて、冷たい反省房に入れられる。
 姉自身は受けたことがないが、拘束具を付けられたまま反省房に閉じ込められることは想像を絶するという。
 体は身動きが取れず、自殺防止のため口は開けられたまま固定される。
 当然よだれは垂れ流し。尿すら床に垂れ流す。
 そんな目に合えばたかが学生でしかない彼女の精神が持つわけがなかった。

「こいつは私がやっておくから紗和子はそいつを留置所につれていって」
 幸いなことに朱音は騒ぎを大きくする気はないようだ。
 童顔の警察官が言われたとおりに女性を連れて行く。
 手錠姿の女性はとんでもないものばかり見せられて顔面蒼白になっていたが、これもまた作戦であることは容易に想像できた。
 黙秘していたら拘置所に送られてあんな目に合うと。あまりに効果的なやり方だった。

「あんたが罰を受けるのは構わないけどさ。騒ぎになると私がめんどくさいのよね。だから黙っていてあげる」
 
 ケラケラと軽そうに話す朱音。
 もう二度と合うことはない人物であるが、姉はようやく朱音のことがわかってきた。
 最初に感じた驚いてばかりの新人の印象は間違いだった。
 逮捕された人物を人とも思わないクソ野郎な人間だ。

「ん?何を睨んでいるのよ。せっかく助かったと言うのにさ。全く仕方がないわね。頭の後ろに手!足は肩幅!」

 突然検査が始まる。
 同じ全裸検査と言ってもやる場所によって微妙に作法が違っていた。
 ここでは凶悪犯が身体検査を受ける際に行われるやり方だった。

 姉は屈辱に打ちのめされながらも指示通りに体を開く。
 このいかにもお前は凶悪犯だと言われているようなポーズは嫌いだった。
 まず、体が無防備になりすぎる。裸でそんな姿勢を取れば陰毛を剃られてむき出しになっている割れ目はもちろん、処理が禁止されている脇の毛まで晒してしまう。
 とても若い女性が人前でやるようなポーズじゃない。

「へぇ。本当に全裸でもこんな格好が出来るんだ。先輩の言うとおり拘置所の女ってよく躾けられているわね。さっきの女性とは大違いだわ。こりゃ楽でいい」

(な、何好き勝手に言ってるの)
 プロ意識の欠片もない雑談に姉の怒りは更に高まった。
 無実の人間を毎日土下座をさせ裸を見せることに慣らされることが躾だというのか。
 確かに1ヶ月以上に渡る拘置所生活で様々なルールを覚えて実行できるようになっているが決して羞恥心もプライドも消えていない。
 今こうして裸を晒している状態も必死に耐えているだけなのに。

「処女だから性器検査はしなくていいけどガラス棒検査はやらないといけないんだよね。でもあれは『汚い』からしたくないわ。だから肛門だけ見せてよ。こんなこといつもやっているから簡単でしょ」

(誰がそんなことをするものですか)
 姉は全裸のまま身動き一つしなかった。
 胸や股間を隠すこともしない。出来る限りの必死の抵抗であったが。

「腰を曲げて肛門を見せなさい」
 朱音は相手が決して逆らえない命令を出した。
 声を聞いた姉の肩がガクリと落ちる。所詮抵抗なんて無意味なのだ。
 拘置所で暮らした1ヶ月以上の生活は絶対服従の精神を埋め込まれている。
 裸を見せろと言われれば脱ぐ。性器の中を見せろと言われれば開く。肛門を見せろと言われれば見せる為自然と体が動く
(くっ)
 姉は腰を曲げ自らの両手で尻を持ち思いっきり開いた。
 何度やってもこのポーズをやるときには頭の中がぐじゃぐじゃになる感覚を覚える
 肛門に空気が当たると否応なしに今の状態を認識してしまう。
 実際に朱音の目には姉のくすんだ肛門の色やその下にある割れ目の中まで見えていた。

「へぇ、なるほどね。きちんと肛門が見えやすいように手のひらを使って上下左右均等に開くように躾けられているんだ。面白いーと言いたいけど、もういいよ。早くそれしまって。しっしっ」
 朱音は姉の穴をちらっと見ただけ検査を終わらせた。
 触られることもない。屈辱のガラス棒もない。本当ならこんなラッキーなことはないはずなのだが姉の心はかつてないほど傷ついていた。
 あの目。あれは汚いものを見る目。同じ女性として命じられたまま肛門を晒す姉を心底軽蔑している目。

 どうして裸を素直に見せるのか。そのあたりの想像がまるで出来ていないからこそ向けられる目。
(あんなやつに見られるなんて)
 命令とはいえ、自分の肛門を直接見せてしまったことを姉は心の底から悔やんでいた