柔道部の伝統 18

18話 金月先輩の覚悟




 朝6時。良美は目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
 寒い。まず最初に思ったのは寒さだった。
 季節を考えてもそこまで寒いはずはないのにと寝ぼけた頭で考えていると、自分の裸体が目に入り、一瞬思考が停止する。
 昨日は裸で寝たことを思い出した彼女はポリポリと頭を掻きながら起き上がり、自分のお尻を見る。
 銭湯の薬膳風呂が良かったのか、お尻の腫れはかなり引いていた。
 寝るときは布団に触れるのも痛かったことを考えたら、よくここまで引いたと思った。

(新田主将は女をなんだと思っているのよ。少しぐらい手加減してくれてもいいじゃない)
 彼女だって女子柔道の厳しい練習に耐えた身。気合い入れの尻叩きも経験済みだったが、真っ赤に腫れ上がるまで叩かれたことはなかった。
 ましてや、新田主将は男性部員がいる前で下着を下ろし、生尻を素手で叩く。
 鍛えられた男の手による尻叩きはこれまで経験したことがない苦痛と恥ずかしさだった。
 バチンバチンと叩かれるたびに、どれだけみっともない姿を見せて、情けない声を出したかとかと思うと悔しさで思わず拳を握りしめたくもなる。
 あの場で新田主将を殴り飛ばし、ニヤニヤと遠目で見ていた男子を張り倒せばどれだけ気持ちがスッキリしただろうか。
「ふう」
 などと、出来もしないことを考えても仕方がなかった。
 そもそも今の実力では殴りに掛かった瞬間に軽く躱される。
 その後は往復ビンタをされた挙句に足を大きく開かされて、尻が紫色になるまで叩かれるのは目に見えている。
 そんな恥ずかしい姿を男どもに見せるわけには行かない。

 アホを考えを振り払うかのように首を数回横に降った彼女は柔道着に着替えて家を出た。 
 時間はまだ早く外は車もろくに走っていない。昼とはまるで違う静まり返った道を走り出す。

 これは朝の日課だった。自分を鍛え強くなるために必要。
 しばらく走っていると同じく柔道着を着た女子の姿が見えた。
 金月先輩だ。良美は笑みを浮かべらながら追いつくためペースを上げる

「おはようございます!!」
「おはよう」

 金月は走りながらも物静かに返事をした。
 そう。良美はこのためだけに朝の早朝練習を始めた。
 この時間に走れば憧れの金月先輩と一緒に走れるからだ
 黙々と走っていると休憩ポイントである河原につく。 
 そこには自動販売地とベンチがあるので休むのに最適な場所だった。

 金月がミネラルウォーターを飲む。
 キラキラした美しい姿に見とれながら良美がベンチに座るが
「ひぃ…痛つぅぅぅ」
 そく立ち上がった。完全に忘れていた。
 昨日の新田主将に受けた気合い入れの尻叩きのダメージは消えていなかったことを。
「ふふ。おバカさんね」
 そういう金月は座る素振りも見せなかった。
 昨日の金月は副主将相手に部活後も練習をしていたはずだが、どんな練習をしていたかは良美は見ていない。
 もしかしたら同じように裸にされ尻を赤く染められたのかもしれない。
 学校のスターでもある憧れの先輩が男子から理不尽な尻叩きをやられたかと思うと彼女は自分の事のように拳を握りしめた。
 
「先輩はなぜそこまでやるのですか。大学のスポーツ推薦も決まり本当なら引退してのんびりと最後の高校生活を満喫できるのに」
 
 良美はどうしても聞きたかった疑問をぶつけた。
 マスコミからも注目されるほどの実績を勝ち取った先輩は本来ならこんな目に合う必要なんてない。

「それは言わなくてもわかるでしょう。少なくても最後まで残った4人の思いは1つしかありません」
「……強くなりたい」
「そうです。悔しいでしょうが男子の実力は本物です。あの強さは男だから当たり前とかそういうのとは違う。それは良美だってわかるはずです。私とともにあの2日目の屈辱を受けた身なのですから」
「2日目……」
 生まれて初めて全裸での気合い入れをされた2日目の放課後のことは決して忘れない。
 残っていた2年3年による竹刀での尻叩き。生尻に竹刀を受けたのはあれが初めてだった
 フルスイングの洗礼を終えると良美はもちろん金月ですら立つことすら出来なかった。
 ただ床に顔を付け、みっともなく竹刀の赤線の跡が無数に走ったお尻を突き出したままの動けない。
 これまで築いていたプライドも女としての自尊心も男の圧倒的な腕力が全て打ち砕いた。
 そして無残な2つの尻を見ながら新田はいった。
「強くなれ」と。
 
「あの時はっきりわかりました。私には力がなく自惚れすらあった。だから今は男子柔道部の伝統を受け入れるしかありません」
 全国にも名がしれた金月ほどの実績があっても覆せない男子との力差。
 その悔しさは男子に命じられるまま、肌を晒していることが物語っていた
 そう。金月にとって脱衣は弱い自分に対する罰なのだ。
 たからこそ、命じられれば躊躇なく下着を下ろす。

「先輩……私こそ甘かったです」
 良美はやや熱っぽい視線を向けた。
 やはり、自分が尊敬する先輩は凄いと思った。
 男子相手だから勝てなくて当然なんて気持ちはまったくない。今に勝つつもりなのだ。
 そのためには何でもやる。本来なら視線を合わすこともない格下の1年生相手でも肛門を見せろと言われれば、プライドがずたずたになりながらも自らの手で尻肉を開き、奥にある秘めた菊門を差し出すだろう。
 そんな屈辱に塗れながらも金月先輩はさらなる高みを目指す。
(先輩まで遠いな……)
 残念ながら彼女には覚悟が全く足りていなかった。
 なにしろ裸の挨拶ですら足が震えて感情がコントロールできないのだから。

「女子柔道部は男子部の伝統を否定します。でもそれは男子の強さの理由を否定するという意味ではありません。私達は男子の特訓を受けてさらに強くなる。そして最後には男子を打ち倒し柔道部の伝統を廃止させます」
 金月は力強く言った。
 それは女子柔道家として頂点に立つ宣言。そして3年として後輩に残せる最後の仕事をやり遂げる決意表明でもあった。
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