逮捕された姉
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朝は野鳥のさえずりで目が覚めるが日課だった
住宅街では騒音と捉える人も多かったが、姉にとってそれは優しく清々しい目覚めのためのアラームに他ならなかった。
だが今は違う。
まだ午前6時30分だというのにまるで小学校のチャイムのような不快な高音が響いていた。
それが終わると一転して静かな音楽が流れ始める。
この曲が終わるまでに布団を片付けなくてはならない。
姉はゆっくりと起き上がる。
(つう)
しかし体が重い。憂鬱な目覚めだった。
ふいに昨日のガラス棒検査の光景が頭をよぎる。寒気を感じ体と心が蝕んでいくのを感じた。
忘れそうとしても頭に浮かぶ。愛の広がった肛門の有様が。その肛門にねじりこまれる冷たい棒の有様が。
姉もわかっていた。自分がどんなにみっともない格好をさせられ、どんな目にあっているのかを。
それでも直接その現実を見せられることはあまりに残酷だった。
あれと同じことを10回もやられた。性に疎くまだ女子大学生でしかない姉にとってはあまりに信じがたいことだった。
そんな気分にも関わらず、時間は刻々と過ぎていく。
急いで布団を片付け、ジャージに着替え、正座をする。
(全く何やっているのやら)
姉がここに来てから、はや一ヶ月半。こんなに正座をしたのは初めてだった。
別に正座が嫌いというわけではない。ただ人に指示されてやるのは気に入らない。
そう。ここでは何もかもが日常とは違う。
そしてこれが当たり前の日常と思うようになれば全てが終わることも彼女は理解していた
こつこつこつ。足音が近づいてくる。どうやら時間のようだ。
姉は背筋を真っ直ぐにし視線を扉を向けた
扉が開く。杉浦刑務官の姿を見て姉は今日は外れであったことをつくづく思い知らされた
本当なら一目散で逃げ出したいがここは独房。どんなに嫌な人間相手でもやることは変わらない。
「4番!!」
「……ハイ」
姉は自分は4番なんて名じゃないと怒りを感じつつも深々と頭を畳に付け、土下座をした。
これは決められたこと。侍従関係を植え付ける行為そのもの。
むろん、1人の人間として土下座なんて決してやりたくない。
だが逆らって得るものは何もないのも十分理解していた。
「全裸」
上から見下ろしていた杉浦は当たり前のように全裸体を指示した。
これもわかっていたこととは言え心底嫌っている相手に朝っぱらから土下座と全裸検査は精神的に堪える。
(喜美さんはどうなったんだろう)
服を脱ぎながら喜美刑務官のことを思い出していた。
喜美は朝の検査も『あーパンツは脱がなくてもいいよ』とか『上着だけでいいよ』とよく言ってくれた。
だからこそガラス棒検査なんて受けたことがないし全裸検査すらろくに記憶がない。
そんな優しい彼女が昨日こっぴどく叱られていたことは新たな心配事の種になっていた
決められた全裸直立不動のポーズを取る。
杉浦刑務官は「手を伸ばせ」「口を開けてベロを出せ」と毎度おなじみの命令を次々と出した。
姉は言われたとおりにしながらも無言のまま反抗的な目つきをする。
「なんだ。言いたいことであるのか」
「いいえ。何もありません」
姉はぶっきらぼうに言う。
杉浦は姉にとっても天敵であり苦手な刑務官だった。
手錠や腰縄の付け方も配慮というものがまるで無い。
身体検査に至ってはもっともねちっこく厭らしい。
僅かに体を隠そうとしただけで何度大声で怒鳴られまくったことか
全裸直立不動。四つん這い。お尻の臀部を両手で開き、肛門をむき出しにするポーズ
普通に生きていれば永遠に知ることはないだろう拘置所の身体検査の作法も杉浦に教えられた。
ここで生活する上で必要なこととは言え、感謝する気はもちろん欠片もなく思い出しただけで頭に血が上る。
それでも姉は本当に戦うべき敵を間違えてはいなかった。
そう。真の敵は真犯人と今日合うはずの人物であり刑務官ではない
「今日は昼から署で事情聴取なので準備しておけ」
杉浦刑務官の言葉を姉は心の中で復唱し「わかりました」と答える。
勝負の時間だと思った。自然とアドレナリンが湧き上がり全裸にも関わらず体が熱くなるのを感じた。
今の姉は起訴された身。本来なら取り調べの機会もそうはないはずだが不思議と決められた曜日に呼び出しがくる。
警察署や他の拘置所まで行くには数々の嫌な思いをしなくてはいけなかったため、最初はただの嫌がらせだと思ったがどうも違うようだ。
これは警察も自分たちの判断に自信がない現れなのではないか。
なら、たとえ屈辱にまみれた時間であっても僅かなチャンスを逃すわけにはいけない。
「あまりいい気になるな」
杉浦刑務官は不機嫌そうな顔をしながら出ていく。
向こうからしたら生意気な囚人が今日も反抗的な顔をしているとでも思っているのだろう
(いい気になってるのはそっちでしょ)
姉は服を着直しながら今日の作戦を練っていた
ほぼ一週間ぶりの対決の日。下手を打つわけには行かなかった
数時間。
ふたたび杉浦刑務官が独房へとやってきた
「4番。早くしろ」
杉浦の手には黒い手錠と青色をした腰紐。
当然のごとく姉の額に皺が寄る。今の立場では手錠と腰縄をつけなくては部屋からも出られない。
衣服と同じようなものだと考えなくてはならないが他人に拘束される感覚は永遠に慣れそうになかった。
そんな姉の気持ちも知らずに杉浦刑務官は手錠と腰縄を手なれた手つきで付けていった
ガチャリと独特の音がした。実際は軽いのにまるで何キロもあるかのように姉の手首へと食い込む。
続いて腰縄を付けられると姉は否応なしに犯罪者になってしまったことを痛感していた。
いくら冤罪だと言ってもこの姿の前にはあまりに無力だった
項垂れながら部屋から連れ出されると見慣れない女性刑務官と今日護送される他の囚人たちが数珠つなぎで繋がれていた。
その中には愛もいる。
「2番、4番、8番確認」
「2番、4番、8番確認しました」
杉浦が一番うしろの人物である8番の腰に紐を通し姉も数珠つなぎで繋ぐ
複数を外に連れ出す場合に行われる拘束だが何度やられても滑稽な姿だった。
普段の姉なら『いい年して電車ごっこですか』と嫌味の一つも言うところではあるが、この姿のまま外に連れ出される惨めさを何度も味わっているせいもあり、とても笑える状況ではなかった。
見知らぬ刑務官が去っていく。
どうやら外までは杉浦が1人でやるようだ。
「ほらとっとと歩く」
杉浦が後方から偉そうに指示を出すと先頭の愛が歩き出す。
腰から腰の紐がピンとなると中年のおばさんである8番の足が動き姉も続く。
この数珠つなぎ。逃走や暴力行為防止には非常に効果的だったが繋がれている側はかなりの神経を使った。
なにしろ1人足を取られればすぐ他の人を紐を引っ張ることになり、ドミノ倒しになる可能性が非常に高い。
足元に気をつけながら少し進むと西側ブロックと呼ばれるたった一つ外と繋がっている通路に入った。
すると姉の目つきがあからさまに鋭くなる
正直なところここには来たくなかった。このブロックは保安のため男性刑務官が入ることが許されている場所だったからだ
いくら女性刑務官が鍛えられているとは言え所詮は女性。
頭のおかしい人物が多い薬物専用拘置所で、もっとも危険な出入り口の警備に女性刑務官のみでは不十分の理由はわからなくもない。
しかしだからと言って検査室に男がいて男が見ている前で肌を晒さなくてはいけないこの西側ブロックのやり方に不満を持つなという方が無理だった
扉をあけて最後の部屋である保安検査室に入った。
普通はここで裸になり本人確認を行うが今日はやる様子がない。数珠つなぎを解く気配すらなかった。
「篠原くん。書類にサインを」
「ほいほい。って今日は4番がいるじゃないか。そりゃいい。ではさっそく準備を」
(うげー最悪)
このブロックでは絶対に聞きたくない声を聞いた姉は心の底から失望していた。
今日の入監検査は篠原。つまり出る際と入る際の少なくても2回は彼の前で裸にならなくてはならない
「本人確認はさっきやったからやらなくてもいいわ。ちょっと急いでいるから早くサインして」
「杉浦さん。困りますよ、それは僕の役目なんですから」
「検査は帰ってきてからじっくりやればいいでしょ」
なぜか杉浦刑務官は急いでいる。表情からも焦りが感じられた。
姉にはよく会話が聞こえないし事情もわからないがなんとなく愛が絡んでいる気がした
実際に愛はその様子を何処か楽しそうに眺めている。
「ならこうしましょう。帰ってきたら精密検査室を使わせてください。あれなら何を隠し持っていてもすぐにわかるし本人確認もその時にやればいい」
「……精密検査室でやる本人確認ってああ内診台ね。まぁいいでしょう。ただし必ず女性刑務官と一緒にやること。それが条件よ」
「前から一度内診台に乗ったコイツの姿を見たいと思っていたので丁度よかったです。ではそういことで」
話し合いが終わったらしく杉浦が外へ繋がる扉を開ける。
やはり今日は裸を見て本人確認をするあの屈辱の『識別のための身体検査』がない。
姉は心の底からホッとしながらも歩き出す。
篠原の目の前を通過する。さぞや期待が外れてがっかりしていると思いきや。
「早く帰ってこいよ」
ニヤニヤしながら厭らしい視線を向けてくる
姉は学生時代の時にも感じた篠原独特の体を舐め回すような気持ち悪い視線に寒気を感じながらも保安検査室を後にした
forr / 2015年04月20日
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