逮捕された姉

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 姉が取り調べを受けている頃、入れ替わるかのようにジャーナリストの綾瀬とカメラマンの鈴木の2人は再び拘置所の取材を行っていた。
 前回許可が下りなかった医療室の取材が許されたこともあり、カメラマンである鈴木が張り切っていたが、いざ現場に付くとそれは大きな失望へと変わった。

「撮影禁止かつ男性は不可ってなんだよ。これじゃ許可がでないとかわらんじゃないか」
 企画責任者でもある鈴木は思い切り不機嫌な顔をして怒鳴り散らした。
「女性が診察を受けているのでは仕方がないとは思いますけどね。やはり前回の取材のほうが異常でしょうし」
 綾瀬は前回取材許可を出してくれた4番の姿を思い出す。
 彼女は裸をカメラの前に晒してまでも自身の冤罪を訴えようとしていた。
 どれだけ恥ずかしかったか。どれだけ惨めだったか。それは同性である綾瀬が一番良くわかっていた。
 その決意を無駄にしないためにも一刻も早く4番をあそこから救い出さなくてはならない。
 そのためにはなんでもやる。その思いを胸にここに来たのだ。
「ふん。新人が生意気を言って。だいたいな。お前は何もわかっていないだ。そもそもうちの読者が求めているものはエロであり…」 
 長々と鈴木の説教が始まった。そもそも彼はエロい写真を撮って部数を伸ばすことが第一目標なのだ。
 4番の冤罪を証明するのが目的の綾瀬とは根本的に話が合うはずがない。

「うちが男性向けのエロ雑誌なのはわかっています。だからこそ医療室の取材許可を取ったのですから」
 綾瀬にとって医療室の取材には興味なかった。
 しかし仕事の企画を通すには読者が求めるエロい話を書くことが必要であることも理解している。
 不機嫌になった先輩の愚痴を聞き流していると1人の女子刑務官が近づいてきた。

「取材に来られた方ですね。始めまして。神崎といます」
 その神崎と刑務官は年齢以上に風格を感じさせられる。
 もう少し年を取ればおつぼね様というあだ名が似合うような頑固者な印象をもった。
「今日は取材許可を頂きありがとうございます。週間真実の綾瀬です」
 相手の手強さを本能で察知した綾瀬は形式通りに挨拶する。
 すると神崎は「医療室はこちらです。男性の方はここでお待ちを」と言って歩き出す。
「ちっ」
 後ろから先輩の舌打ちの音が聞こえた。
 綾瀬は無理もないと思った。
 この神崎という刑務官は一度も鈴木と視線を合わせようとしなかった。
 綾瀬が新人で鈴木が責任者であることはひと目見てわかっていたはずなのにだ。
 それはこの女性が鈴木を、いや、B級週刊誌の人間を見下していることにほかならない。
(これは気を引き締めないと)
 相手は新人なら軽く扱えると思っている。
 ならそれを利用しどれどけの情報を引き出せるか。
 それはジャーナリスト綾瀬としての気質がどれだけあるのかを問われている気がした。


「ではこちらへどうぞ」
 外れにある診察室に入ると中は結構広く、どこか田舎の学校の保健室を思い出される雰囲気があった。
(あれは)
 思わず綾瀬は眉を顰める。
 そんな雰囲気をぶち壊すものが部屋の右隅にあったからだ。
 それは体重計や身長計と言ったごくありふれたものと一緒に置かれていた
 斜めになった妙な形をしたベット。実際に見たことはなくてもあれが何かはわかる。
 足を大きく開かせて女性の股間のすべてを暴く残酷な検査器具。分娩台だ。

 視線を中央に向けるとカルテが積んだ机の前にやけに若い学生のような白衣姿の男性医師が座っていた
 名札を見るとどうやら中村という医師のようだ。

「はい、口を開けて」
 中村医師は目の前に座る全裸の女性を診察していた。
 女性の体のラインや肌の艶から察するに30歳前後であることが伺えた。

「後ろ向いて」
 椅子が回され、はちきれんばかりの円錐形の大きな乳房が、ぷるりんと揺れながら綾瀬の目に飛びだした
(つぅ)
 一瞬目を閉じてしまう
 同性とはこんな形で他人の全裸をみることにはやはり抵抗感を覚えた。
 そんな綾瀬の混乱も知らずに女は一切の反応をしない。
 それなりに美人であるが明らかに疲れきったどんよりとした顔。
「ちょっと立って」
 もたもたと女は立ち上がるが、それでも体は隠さない。
 立派な乳房や殆どないに等しい薄い陰毛を隠したりせず曝け出した。


 綾瀬は検査の邪魔をしないようにそっと神埼刑務官に頭を下げた。
「今日は取材に応じてくれてありがとうございました」
 前回に続いて取材が出来たのは運が良かった。
 今回は医療室といううちの読者が好む場所の取材をさせてくれたのだから本当にいたせりつくせりだった
 綾瀬は素直に感謝の言葉を言った。
「世間の人たちはここの実態を知りませんからね。基本的に取材は断らないようにしています」
 女性刑務官は淡々と話した。
 それは本心なのか、上からの押しつけなのかはわからない。
 だが、これまでの反応から後者に思えた。
 
「壁側に立って腰を曲げる。肛門を見せて」
 医師がそう言うと女は素直に言われたまま肛門を見せた。
 壁際だったために綾瀬からも女の全てが手に取るようにわかる。
 この動作自体は前の取材で4番が見せたものと同じなので驚きはない。
 だが、知らない女性のあそこをモロに見せられるとやはり綾瀬の頬が赤くなる。
 医師が膣を取囲む肉襞を開き中をチェックしていく

「……女性の中まで調べる理由をお聞かせください」
 ここは全裸検査だけではなくてガラス棒を使った肛門検査まで行われている。
 目の前で行われている性器検査にしてもそれは本当に必要なことなんだろうか。
 綾瀬は現場の人間がどう思っているのか知りたくなり質問した。

「もちろん必要だからです。ジャーナリストさんならご存知でしょう。過去に肛門の中に薬を隠したりする例があったことを」
 確かにそんな事件があったと聞く。そんなことが起これば厳格化されてもおかしくはなかったが。

「でも毎回やる必要はないのでは。もう反省している女性も多いでしょうし」
「問題を起こさない模範的な人には検査も最小限に抑えるようにと通知しています」
「具体的に最小限とは」
「器具を使った肛門検査は最長5日まで免除されます」

 綾瀬の脳裏に4番と呼ばれた女の姿が浮かんだ。
 彼女は冤罪を主張してきた。そんな境遇ですら定期的なガラス棒検査は避けられない。
 いったい何本の冷たい棒が4番の肛門を貫いただろうか。
 
「つまりこれは保安のためであって女たちを支配するためではないと」
 前回の取材で若い男性刑務官がそのようなことを言っていた。
 凶悪犯もこれをやれば大人しくなると。

 神埼刑務官は質問には答えず、検査を受けている女性を指差す。

「あの姿を見て元々は先生と呼ばれた立場にいた人物であったことがわかりますか」
「いいえ……」
 女からは覇気が全く感じられない。
 今も若い医師の指のなすままに肛門をグリグリと執拗にほぐされて哀しげに体を震わせている。
 何処をどう見ても自身の肛門すら人の手に委ねている哀れな女囚にしか見えなかった。
「彼女は仕事柄プライドが高くて手を焼いていましたけど今ではすっかり大人しくなりました。ここの生活がいかに厳しいものかわかるでしょう」

 綾瀬はゴクリと生唾を飲み込む。
 あの女性が何者でどんな薬物違反でここに来たのかはわからないし興味もない。
 だが、話が本当ならそれなりの地位にいた女性があそこまで落ちぶれることに鮮烈を覚える。
「あっ……あっあっ」
 なんとも言えない悲観に暮れた声が聞こえた。
 医師が親指ぐらいの小さな肛門鏡を肛門に差し込んで覗きこんでいた。
 肛門鏡はクスコと同じ構造になっておりレバーに力を入れると中で広がっていく。
「ひっ。いやいや」
 綾瀬は思わず耳を塞ぎたくなった。
 この叫びは聞き覚えがある。そう。これは4番の肛門が太めのガラス棒をよって拡張された時と同じ声。

「……つまりここには反抗的な人物は誰1人としていないと」
 綾瀬はカマをかけた。確かに目の前の女性は何もかもを諦めている。反抗心も残っていなさそうだ。
 だが4番は違った。同じように肛門を見せていたが、そこには決して負けないという強い意志の力があった。
 この女のように罪を認め償うためではない。冤罪であるからこそルールを守り、自身の正しさを証明するために肛門を差し出した。
 これだけの違いをその道のプロである刑務官が気が付かないわけがない。
 もし神崎刑務官が4番について何か知ってるならこれで反応するはず。

「ここに1ヶ月以上もいて変わらない人はよほどの大悪人か、自分は冤罪だと信じて疑わない人だけでしょう」
 神崎はそういうと返事も待たずに診察を終えた女の元へすっと向かった。

「……ありがとうございました」
 綾瀬はこんなミエミエのカマに乗ってくれた神埼に感謝した。
 立場上言えないのは承知の上の質問に応えてくれたからだ。
 もちろん答えを言ってくれたわけじゃない。4番が冤罪とも言っていない。それでも十分な言葉だった。

「カメラマンの方。どうぞ入ってください」
 女が服を着るのをまってから神崎は男の入室を許可した。
 ドアの前でイライラしていたらしく鈴木は急いで入ってくるが、お目当ての裸はもう無いことがわかり表情が歪む。

「後は中村医師から聞いてください」
 女に腰縄を打った神埼刑務官は静かに歩く。
 最後に女はペコリと綾瀬に挨拶をし、2人は診察室から出ていった。


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 診察室にはどう見ても20代半ばと思われる中村医師と綾瀬。ようやく入室が許可されたカメラマンの鈴木だけになった。
 ガミガミ煩い神埼刑務官がいなくなったせいか、中村医師は手を伸ばして思いっきりリラックスしているポーズを取った。
 こうしてみると本当に若い。童顔で華奢な体つきであることを差し引いても学校を卒業したてに見える。

「えっと、君たちは週間真実の中の人なんだって? あの雑誌いいよね。昔からずっと読んでいるよ」
「あ、ありがとうございます」
 綾瀬は頭を下げた。本当は喜ぶべき話なのに雑誌の内容に嫌悪感を持つ彼女としては素直に喜べなかった。

「ここ一番の僕的なヒットは盗撮被害を訴える女性の全裸写真公開だよね。あれはよかったなぁ。会見の写真と一緒に盗撮された脱衣場の写真を載せるセンスがいい。大きなおっぱい丸出しのパンツ1枚でくつろぐところの写真を選ぶなんて感服したよ」

 一気に喋る中村医師。あの特集は記憶する限りの最悪の号だと思いっていただけに綾瀬の心は穏やかではない

「ははっ。あの号が好きですか。あのバカ売れ号を選ぶとはわかっているな。あれは私の企画なんですわ」
 企画者でもあるカメラマンの鈴木は意気投合するかのように医師と楽しそうに会話を始めた。

「へえ、そうなんですか。よくあんな被害者の写真をみつけてきましたね」
「そこはツテがあるんだよなー 一応、体を洗っている全裸写真も手に入れたけどあえてパンツ1枚で休んでいる写真を使った。なぜだか先生ならわかりますか?」
「そりゃもちろん、おっぱいを晒しながら話し込んでいる女が悪いを示すためでしょう。訴える前にそのおっぱいを隠す努力をしろと」
「正解。さすがは先生。若いのに博識だ」

 同じ女性として聞くに耐えない男の身勝手な暴言に我慢の限度が来た綾瀬はわざとらしく咳払いをする。
「鈴木さん。そろそろ取材を始めないと残り時間がもう無いです」
「おっともうそんな時間か。じゃ始れるか。先生、写真を撮ってもいいよな」
「どうぞ」
 許可を貰った鈴木はカメラを手に取り診察室を写し始める。
 様々な器具を写したが、しっくりこないのか不満げな顔をした。
 やはり前回の取材で4番が見せたガラス棒検査のインパクトはあまりに大きい。それを上回るものを求めるのはカメラマンとしての本能のようなものだった。


「やっぱ最低でも人物がいないと駄目だな。綾瀬、診察を受けてくれないか」
「は?」
 乾いた声が出た。この先輩はいったい何を言ってるのか。
「診察と言ってもフリでいい。カメラアングルで囚人が受けているように写すからな」

「……顔は写さないでください」
 綾瀬はしぶしぶ先ほど女が座っていた椅子に座る。
 目の前には中村医師。こうしていると普通に医師に診察を受けているような感じがした。

「あー、悪いんだけどここの診察は全裸で受けることになっているんだよね。これはここの仕事を受ける時に出した条件なので例外一切ないので」
 これでは無理と言わんばかり中村医師が呆れた声を出す。
「だからフリですから本当に診察を受けに来たわけじゃありません」
 この医師に任せていたら、あっという間に裸にされそうだと思った彼女は強い口調で言った。
 先ほどの女性が全裸で椅子に座っていたことを考えても、こんなことだろうと予想はしていたからだ。
 
「全裸診察が条件ってまたどうして。保安的な理由かなにか?」
 鈴木が突っ込む。拘置所の担当医なんてなり手もいないだろうからある程度の無理も通るのだろうが、あえて全裸診察を条件に出す理由は何なんだろうか。
「一言で言うと楽だから。一つ一つ脱いでもらうのと最初から全裸でやるのとでは診察に掛かる時間が全然違うんですよね。ここは囚人や職員を合わせると常に40人ぐらい入るので時間短縮は死活問題でね」
 どこか含みがある顔で中村医師は言った。

「今、職員と言ったよな。つまり先程の神埼刑務官もここでは全裸で健康診断を……」
「もちろん」
 職業病なのか鈴木がエロい目をしながら質問をすると中村医師も同じような目つきで答える。
 更に頭が痛くなった綾瀬が再び切れる。
「いい加減にしてください。取材でしょう」
 今日の綾瀬はずっと空回りだった。4番はいない。決定的な情報も得られない。変な医師のエロ話ばかり聞かされている。
 使命に燃えてここにきただけにまた失望も大きかった


監獄島の洗脳捜査官 麗しき淫肉奴●監獄島の洗脳捜査官 麗しき淫肉奴●


  
forr / 2015年04月20日
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