柔道部の伝統 02


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 あれから二日後。
 柔道部の統合という当事者たちにとっては大きなニュースも、学校全体からすれば些細な出来事でしかないことを現すかのように何もなく時が流れた。

「今日はここまで」
 最後の授業を終えた教師が教室から出ていく。
 本日も何事もなく全授業が終わり、生徒たちが競うように教室をあとにする。

 大輔も部活に行くため手元のカバンを手に持ち、教室から出ようとしたが、良美がまだ席に座っていることに気がつく。
 今日は男子柔道部の日なので、女子柔道部の部員である良美が学校に残る理由はないはず。
 なぜ帰らないのか不思議に思い、声を掛けた。

「おい、なにしているんだ。気分でも悪いのか」
 太輔にとっては親切心。
 体調を崩していたら大変だと思っただけなのに、良美は大輔の顔を見るなり、なぜか顔を赤くする。

「あはは。大輔か。大丈夫だからちょっと先に行っててー。皆が出てから帰るから」
 頬を染めた良美はなにやら恥ずかしそうな素振りをしつつ胸元に手をやった。
 普段は似合わない女性らしい仕草が妙に色っぽく可愛く見えた。

「まぁ大丈夫ならそれでいいけど。俺は部活に行くから気をつけて帰れよ」
 良美の態度も気にはなるが、本人が話さないのであれば、これ以上出来ることはない。
 大輔は教室をあとにし、柔道部へと急いた。


 10分後

「ストレッチ初め!!」
 体育館わきにある畳部屋の別館に男性教師の声が響く。
 大きな畳部屋の中では20人ほどの男子が関節を曲げ伸ばし身体をほぐしていた。

「そういや、女子柔道部が合流するって噂は本当なのか」
 大輔の隣で足を飛ばす、同じ1年男子が話しかけてくる。
 噂はもう隅々まで広がっているようだ。

「俺も一昨日校長室で聞いた。本決まりらしい」
 この決定は男子にとっても一大事だった。
 女子が加わることにより部がどうなるのかは、まるで読めなかったからだ。

「ってことは、あのデカイ女がしごかれるところが見られるってことか」

 デカイ女とは良美のことだ。
 女子柔道部とは親睦を兼ねて、1度試合をしたことはあった。
 その時1年男子は、誰も良美に勝てなかった。
 良美自身の力もあるが、それ以上に女の免疫のなさが露呈した。
 女子相手にどうやって試合して良いのかわからず、腰が引け軟らかい身体の感触に手まで引けた。
 体格差を考えれば、負けるはずがない女子に完敗したことは、未だに1年男子のプライドに大きな傷を残していた。

「全裸挨拶、全裸足車、生尻叩きも見ものだろうな」

 誰かがぼそっと呟く。
 男子がやられているのを見ても、何一つ面白くない柔道部の伝統も、女子相手となれば話は別だ。
 これは楽しい見世物になるぞと更に盛り上がりを見せた。


 あまりに悪ふざけがすぎると思った大輔がみんなの熱を冷まそうと声を出そうとする。
 だがその前に3年の新田主将が突然口を挟んだ。

「こら、なにを甘ったれたことを言ってるんだ。見もの? そんなわけ無いだろ。1年のお前らもやるのだよ」

 静まり返る1年。
 3年、しかも主将となれば大輔たち1年から見れば恐怖の対象でしかない。

「新田主将。私たちがやるとはどういう意味でしょうか」
 周りがビビりまくる中、大輔が質問をする。
 先輩の指示が絶対とは言え、1年のまとめ役として説明を求める権利ぐらいはあった。

「意識を変えなくてはいけないのは女子だけではなくて1年も同じだな。そうだな。部が統合されたら、まず回しをやる。お前ら全員に女子の生尻を叩かせる。3年女子も1年女子も全ての尻をだ。そうすればお互いに理解するはずだ。自分の立場ってやつをな」

 柔道部の伝統の回しを女子相手にやると聞いて1年の喉から生唾を飲み込む音がした。
 女子柔道部には先輩もいれば同級生もいる。
 普段は挨拶するような間柄の女子のパンツを下ろし尻を叩く。
 それは男として性的なものを感じるなという方が無理だった。


「お言葉ですが僕は女子を男子と同じように扱うのには反対です。少なくても1年による脱衣命令や尻叩きのような理不尽な罰は止めるべきかと」

 思わず大輔が新田の方針に反論した。
 別に裸体練習は必要という部の伝統的な考えにケチを付ける気はない。
 でも自分の手で女子を脱がし、尻を叩きたいかと言われれば、やはりそうではなかった。
 相手が女子であるなら細心の注意を払うべきであり精神も技術も未熟な1年がやる必要はないはずだ。

 大輔の必死の思いとは裏腹に、周りは静まり返り、緊張が走る。
 先輩の方針に異議を唱えるなんて本当なら許されないこと。
 当たり前の反応だった。
 
「ったく。めんどくさいな。おい大輔、こっちに来い」 

 新田は怒ること無く、歩き出す。
 向かっている先は部室の横にある道具置き場のようだ。
 そこは生意気な生徒を締める時によく使われる場所だった。

「俺はちょっくら行ってくるから、みんな練習を続けろよ」  

 大輔は1年に別れを告げ、新田とともに道具置き場に入った。
 ビンタ10発か。竹刀の尻叩きか。すでに覚悟は決めていたが、新田は罰を与える素振りすら見せない。
 それどころかカバンから白い布切れの束を取り出し、ホコリをかぶった机に並べた。

「え?」 

 大輔は目の前にあるものが信じられなかった。
 どう見ても置かれている布切れは女子のブラ。6つもある。
 大きいのやら小さいの。白からピンクまで色もバラバラ。
 どれもヨレヨレで、明らかに先ほどまで使われていた形跡を感じさせた。

「これは俺が昼休みを利用して、入部希望を出している女子部員1人1人にテストをしてきた結果だ。お前にはただの下着の山に見えるかも知れないがそうではない。これこそ女子の覚悟の証。柔道に掛ける意志そのものだ」

 ブラが入部の意志と聞いて大輔はピンときた。
 つまり新田は入部を希望する女子部員に対して男子柔道部の基本動作である『脱衣』を命じテストをしたのだ。
 いや、実際は裸にまでならなくても良かったかも知れないが、少なくてもブラをその場で外させて回収したのは疑いようが無い。
 むろん『脱衣』の命令に背いたものは即失格。柔道部員の資格を完全に失ったはずだ。

(という事は先ほどの良美は……)
 良美が恥ずかしそうにして、人混みを避けようといたのも、入部テストでブラを取られてノーブラ状態だったからと考えれば説明が付く。

 なにを言っていいのかわからない大輔が無言のまま突っ立っていると新田が話を続ける

「この中には俺のクラスメートでもある金月のもある。大輔。俺が言いたいことがわかるな。強くなれ。覚悟を示した彼女らに敬意を払って指導し鍛えてやれ」

 大輔は黙って頷くしか無かった
 柔道部員が厳しく恥ずかしい練習に耐える理由はただ1つ。強くなるためだ。
 それは男子部に飛び込み、柔道を続けようとする女子も同じ。

「体格も性別も違う男子と一緒に練習をすれば女子は必ず強くなる。羞恥心を力に変える精神的な伸びしろも女子のほうがずっと大きいからな。俺たち男子はそれを手助けしてやればいい」

 柔道部の伝統に陶酔しきっている新田が熱弁を振るうが、その考えが正しいのかどうなのか大輔にはわからない。
 だが、机に並べられた6つのブラが答えを物語っている気がした。

FOR / 2015年06月20日 template by TIGA
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