柔道部の伝統 05


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 柔道部の統合手続きが全て終わり、初めての練習日を迎えた。
 本来なら記念すべき新しい柔道部の幕開けとなるはずだったが大輔の心は晴れない。
 本当に女子と一緒に上手くやっていけるのか。あの気が強い良美がきちんと男子柔道部の約束事をやってくれるのか。
 何度考えても不安要素しかなかった

 そんな重苦しい気分で、柔道部の更衣室へ繋がる廊下を歩いていると一人の男子が背後から近づく。
 クラスメイトの友人で同じ柔道部員で宮井だ。
 宮井は悪意のない顔で大輔に向かって嬉しそうに声を出す。

「なに湿気た顔しているだよ。今日は女子入部初日なんだから早く行こうぜ。上手く行けば4月の俺達のように入り口で『出迎え』をやっているかもしれん。楽しみだな」

 宮井には悩みも何もないようだ。
 それどころか今の状況を楽しんている様子が伺えた。

「そりゃ俺も女子の『出迎え』は見たいけど、その中にはクラスメートの良美もいるんだし、やっぱ可愛そうだよ」

 1年男子がこれまでやったこと女子もやる。
 この方針に異論を唱える気は大輔にもなかったが、昔からの幼馴染の良美もやるとなれば話はまた別だった。
 男子柔道部の伝統が女子を想定しているようには、とても思えなかったからだ。
 
「は?。なにいってるんだよ。良美がいるからいいのだろう。早くアイツの泣いた面をみたいもんだわ」

 宮井は少しいやらしい顔をしながらそういった。
 もちろん宮井も良美のクラスメートだが、この2人はクラス内でも仲が悪いことで有名だった。
 良美が冗談半分で大輔を叩くシーンを見て「いい加減にしろ」と喧嘩になったことも1度や2度ではない。
 むろん大輔は良美の暴力は暴力ではないと、説明したが宮井はそれを受け入れない。
 宮井から見れば良美は友人の大輔を一方的に殴る女子にしか見えないのだからそれもまた無理ない話だったが、

「だから、それは関係…ん?」

 大輔が宮井に反論しようとしたその時、当然廊下の先から怒鳴り声が聞こえた。
 一瞬、女子たちの「出迎え」で男子が盛り上がっているかと思ったがどうやら違うようだ。
 その声は明らかにケンカ腰の声。男子と女子の言い争っている声。

「なんだろ?」
「さあ。とりあえず急ごうぜ」

 大輔たちは急いで更衣室前に行くと数人の男女が騒いでいる。
 絶句する2人。そこは予想以上に混乱しカオスな状態だった。

「そんなの俺達と一緒に着替えればいいだろ」
「ふざけないでよ。そんなこと出来るはずが無いじゃない」
「どうせ今日は全裸自己紹介をやるんだろ。それなら今見られても構わんだろ」
「誰がアンタたちなんかに見せるものですか!!」
 
 お互いに大声を張り上げる。
 今来たなりの大輔にも事情はすぐにわかった。
 揉めている理由は本当に些細なこと。どちらが先に1つしか無い更衣室を使うのかと言うしょーもないことのようだった。

「ちょっと、大輔も見ていないで助けてよ」
 騒ぎの張本人らしい良美が傍観していた大輔に向かって言った。

「そんなこと言ってもなぁ」

 太輔は頭をポリポリ掻きながら困ったような仕草をした。
 気分的には良美の味方をしたいのは山々だったが、部活内の立場もある。
 それに新田主将の言う通り女子が1年の下に入るとなれば、先にやらせるのは示しがつかないのもまた事実だった。

「なにしているの!」

 突然、甲高い女子な声がした。
 スラリとしたモデル体型の場違いな女子の登場に誰も驚く。
 いや、女子柔道部なんだから来てもおかしくない。だが、これだけの有名人がそばにいると言うのはやはり不思議な感じがした
 女子柔道部主将、金月亜沙子。
 細身の見た目に反して中学の頃から向かうところ敵なしの学生柔道界の有名人。
 彼女に憧れて部に入った生徒も少なくないと聞く。
 まさに女子柔道部の象徴する女子だった

「あ、金月主将。聞いてくださいよ。この男子たちが……」

 パーン。清々しいほどの綺麗なビンタの音がした。
 話が終わる前に金月主将が良美の頬を叩いたのだ。
 続いて一緒にいた背の小さな1年と太めの2年の女子にもビンタを与える。
 力の容赦は全くない。1人の女子は頬を叩かれた反動で壁に頭をぶつけていた。

「え?主将、なにを?」
 良美は信じられないような表情で主将を見た。

「いい加減にしなさい。そんなことで揉めてどうするのですか!」

 女子の主将は綺麗な顔をして凄いおっかないらしい。
 あんな顔で絞め技が得意らしく男子だろうが簡単に絞め落とす。
 そんな話は噂として流れていたが、実際に見たのは初めてだった。
 その迫力のため男子までシーンと静まり返った。

「すみませんでした!」

 女子部員たちが金月に向かって一斉に頭を下げる。
 あの負けん気の強い良美も躊躇いなく下げるのだから、人としてのカリスマ性を感じた。

「新田主将。今日はこれで勘弁してやってください。着替えは最後でいいですから」
 金月が騒ぎを見ていただけの新田に向かって頭を下げる。

「女子は教育がなっていないな。新人は先輩が来る前にそこに立って待っているのが決まりだろ」

 新田が指差す先には白線が引かれていた。
 古く汚れている。何人もの生徒がここで立たされた跡があった。

(やっぱ女子もこれをやらせるのか)
 大輔はここで『出迎え』を一ヶ月間やったことを思い出す。
 それはあまりに恥ずかしく情けない記憶だった。
 
「みんなこっちよ」
 詳しい事情を知らない金月が女子部員に指示をだし壁側の下にある白線の上に整列した。
 横一列に並ぶ4人の女子たち。

「いや、そうじゃない。出迎えは全裸で並ぶのが通例だ。俺たち男子はみんな1年の時これをやってきたんだから新入部員のお前たちももちろんやってもらう」

 新田の非情な突っ込みに男子も息を呑む。
 目の前の女子が見慣れた夏服の白いセーラー服と下着を脱いで裸で立つ。
 そう言われて動揺しない男子はいない。

「それは出来ません。私たちはまだ挨拶も行っていませんし、自分たちの立場の説明も受けていません。だから3年の主将の指示と言えども、まだ従うつもりはありません」

 男子の期待を裏切るように金月が言った。
 吸収される立場と言え、女子主将は自分であることを告げる強い意志を感じる言葉だった。

「まぁ時間もないし今日はいいか。ほらお前ら早く着替えるぞ」

 なぜか新田はあっさりと引き下がり、他の男子たちに早く更衣室に入れと促す
 指示通りに大輔たちが入ろうとすると背後から女子の話し声が聞こえた。

「金月主将。悔しいです」
「今は耐えなさい。女子部はかならず復活させます。それまで我慢して決して問題を起こさないように……」

(向こうも大変だな)
 女子部の事情は大輔にはわからない。
 だが男子1年の下という屈辱的な扱いを受け入れるだけの理由もありそうであった。

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 数分後。
 男子は20人。女子が4人、今日参加予定の柔道部員は全て白い道着を来て道場に集まった。
 父こと監督は竹刀を持ち、部屋の隅に置かれた椅子に座っている。
 どうやら今日は新田主将に全て任せているようだ。

「初顔合わせだし、前に来て自己紹介をしてくれ」 

 まとめ役の新田が一列に座っている女子4人に向かっていった。
 だが、女たちは動かない。なぜか顔を赤くするものまでいる

「誰が言ったか知らんが全裸自己紹介は無しだ。そのままの姿でいい」

 新田がそう言うと安堵の息とともに一際綺麗な3年女子の1人が立ち上がる。

「3年3組。金月亜沙子と言います。女子部では主将をやっていました」
 美人と素直に言える有名人の登場に男子から感心したような声が聞こえた。
 これが持って生まれたカリスマなのか。スタイルもモデルのようで明らかに1人だけ雰囲気が違う。
 何も知らなければ柔道はおろかスポーツをやっていることすらわからない。

「2年4組。優木桜子。よろしくっす」
 太り気味で背が低い。目つきも鋭くいかにも柔道部員って感じだがまぁまぁ可愛い。
 気も強そうだが胸はこの4人の中で一番ありそうだ。
 事実、巨乳派の一部の男子から口笛が飛ぶ

「1年2組。今村良美」
 今度は一番の背の高さを誇る女子が声を出す。
 すると先ほどとは全く違う嫌な空気が流れた。
 良美は悪い意味で、男子柔道部の有名人だった。
 1年男子を軽々と破った逆恨みもあるし、先程のトラブルの張本人でもある。
 良い感情を持つのは付き合いが長い大輔しかいなかった。

「1年1組。梅宮神奈です。よろしくお願いします」
 次は一転して背が小さい。まるで小動物を思い出させるロリっ子フェイスな女子が頭を下げる。背も胸もない。一見すると中学生に見える。
 大輔にとっても、この子は初めて見る女子だった。
 なのになぜか親近感がある。どう考えても初対面な感じがしない。

(あ、そういうことか)
 紹介が終わり、元の場所に帰っていく後ろ姿を見て大輔はピンときた。
 あの子と直接合ったことは無いが、可愛らしいお尻は散々見ていたことに。
 おそらく写真の一番左にした女子。身体のラインがよく似ていた。
 まだ男子の誰も見たことがないお尻を自分だけは見ていることになんとも言えない優越感を覚えた。

 紹介が終わり新田主将が言う

「なお、女子部からの要望により、今日は4人だけの入部になった。残りはいずれ合流するのでみんな仲良くやってほしい」

 拍手のあと新田が再び言葉を繋ぐ。

「あと女子部員の立場だが監督との長い協議の結果、当分の間は1年と同じ扱いにすることにした。1年男子はきちんと彼女らを指導して欲しい。女子も1年男子とともに上を目指してくれ。以上だ」
 
 1年男子が一瞬ざわめく。
 誰もが最終決定に驚き、戸惑いの顔を見せる。
 大輔もこれは寝耳に水であり初耳だった。
 下に女子が入ると聞いていたのに、どうやら1年と同じ立場になったようだ。
 つまりお互いに1年の指導権を持っているという事は下手にちょっかいを出すとやり返される可能性が高い。

「おいおい、冗談じゃないぞ」
 一人の男子が不安そうに言う。
 上級生だけでも厳しい指導があるのに、そのうえ女子にまでやられたら溜まったものではない。
 そう思う1年が多いのも当然だった。


 そんな男子の思いも知らず、女子たちは誰もが口を噤み、行き場のない無念さを感じていた。
 確かに男女平等は勝ち取った。だが代償として男子1年と同じ扱いにされた。  
 これにより男子、しかも1年にまで指導される可能性が生まれてしまった。
 指導と言えば聞こえばいいが、ようは命令に他ならない。
 先ほどの更衣室前で言われたような理不尽な命令がもう拒否できないとなると、女子として屈辱的に思うのは当たり前だった。

FOR / 2015年06月20日
亜人牧場

324円

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