監視社会で生きる人々


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プロローグ
 202x年。世界は平穏とは程遠い疑心暗鬼という化物が蔓延していた。
 犯罪防止の名の元に罪は厳格化され、町中から更衣室に至るまで監視カメラだらけになっていた。
 
 それはあまりに息苦しく、監視社会以外何物でもなかったが、それでも国民の反発は少なかった。
 安全と治安のための多少の犠牲を厭わない。そんな風潮があまりに強すぎた。

 もちろん、いくら国民が黙認しても副作用は多く発生した。
 この高度な監視システムは昔なら見つからないような些細な罪も問答無能で暴いてしまうからだ。
 その結果、愛する夫や妻が突然逮捕される悲劇が少なからず発生した。

 国が国民を監視し、国民が逮捕された人物を監視する。
 これはそんな狂った監視社会で起きたほんの小さな些細な事件のお話。



本編
 とある古ビルにある探偵事務所の一室。
 50代に迫りかけているむさ苦しい男二人が向かい合わせに座り、ともに難しい顔をしていた。
 緊張感に耐えかねた男がテーブルの上に置かれたお茶に手を伸ばすと、この事務所の主が重い口を開く。


「つまり高校で起きた盗撮の犯人を捕まえてくれってことですか」

 依頼人の男から聞かされた自称名探偵の古木は腕組みをしながら答えた。
 報酬は申し分なかった。綺麗な仕事なので命の危険もない。
 しかし古木は難しい表情を崩さない。

 問題の動画は10分程度のファイル。
 地元の高校の制服を着た女子生徒が脱衣所らしきところで、次々と下着姿になっているだけの動画。
 背景はろくに写ってなく、顔には目線処理がされており、被害者が誰かすらわからない。

 これでは手がかりも何もないようなものだ。
 ここからどうやって犯人にたどり着けというのか。
 掴まえる以前の問題だった。


「いえ、掴まえるのではなく犯人を教えてくれるだけでいいです。警察に動かれると困るので」
 
 依頼人は深刻そうに話す。
 確かに今の警察は信じられない。事件にかこつけて学校に介入してくる可能性も高い。
 痛くもない腹を探られるのは気持ち悪いものだし危険もある。
 冤罪だと証明されたのに、未だ妻を刑務所から助けられない古木にはそれは痛いほどわかった。

「なおさら私に頼むのはマズイのでは。あなたも知っているでしょう。うちの家族は1年前に起きた大規模なスパイ狩り事件に巻き込まれています。冤罪が証明されたとは言え、まだ警察にマークされている身です。そんな男に依頼を頼んでいいのですか」

 これは依頼者に必ず言ってることだ。
 これで引くようでは信頼関係は築けない。

「構いません。私たちは盗撮事件を警察に訴える気はありませんが隠すつもりもありません。警察に知られて内部的に処理してくれるなら、それはそれで得るものがあるからです」

「なるほど」

 依頼人はなかなかのペテン師だった。
 この画像の出どこが警察の監視システムによるものではないのかと疑っているのだ。
 実際に学校内部にも監視カメラはある。
 学校ということもあり特別に更衣室は見逃されているはずだが極秘裏に設置することは可能であろう。
 そしてその画像を一部の不埒な警察関係者が横流しをしている。ありえる仮説だった

 
 
「失礼します」
 話が途切れるタイミングを図っていたかのように娘が新しいお茶を運んでくる。
 古木は一瞬どきりとした。娘がセーラー服を着ていたからだ。
 そう。先ほどの盗撮ビデオの同じ制服。知らず知らずのうちにビデオのワンシーンが脳裏に浮かぶ。
 女子高生がスカートを下ろしその健康的な太ももがむき出しになるシーン。

「ごほん。えっと絵玲奈、お前はどう思う」

 この依頼は娘が持ってきたようなものだ。
 通っている学校内の盗撮事件ということを考えても絵玲奈の意見は無視は出来ない。

「いいんじゃないの。丁度お金も無くなってきたし」

 ショートヘアで中性的な感じが魅力の娘はいつも通りズバズバと物事を言った
 裏表がなくいつも明るい娘だが、ここまではっきり言われると清々しさすら感じた。

「お願いします。私としては他に頼る人もいないので」

 依頼人こと娘の担任は頭を下げた。
 そうなると古木は弱い。なんと言っても担任には日頃から世話になっているからだ。
 特に妻の誤認逮捕の時は全面的に味方になってくれた。
 彼が助けてくれたから娘は学校に通い続けることが出来たと言ってもいい。
 
「わかりました。この仕事を引き受けましょう。ただし隠し事は無しです。洗いざらい喋ってもらいますよ」

 古木がそう言うと担任は緊張したようにごくりとつばを飲み込んだ。




 10分後
 娘の担任は帰っていった。
 結局聞きたいことは何も聞けなかった。
 軽そうに見えてなかなかの腹黒い担任であり一癖も二癖もある人物であった。
 話を鵜呑みにすることはとても出来ない事件であることは間違いない


「パパはこの事件をどう思う?」

 短い髪に手をやり、考え込むような仕草をしながら絵玲奈が問いかけてくる。
 娘はカンが良い。この事件の不自然さに気がついていたようだ

「そうだな。一番可能性が高いのは事件そのものが嘘でありヤラセ。考えても見ろ。たまたま俺の娘が通う学校で盗撮事件が起きて、たまたま担任が画像を見つけて、たまたま父親が探偵をやっていたから依頼をした。そんな出来過ぎた話はない。そしてそんなことが出来るのは……」

「警察ね」

「そうだ。他には考えられない」
 妻が逮捕されてから一年間。警察は色々なことを仕掛けていた。
 このぐらいの揺さぶりはやりかねない。

「目的はなんだろ」

 娘のもっともな疑問。いくらカンがよくても所詮はまだ高校2年生だ。
 社会の悪意に気がつくのは、まだまだ人生経験が足りていない。
 古木は盗聴を恐れて小さな声でそっとつぶやく

「俺に対する脅し。いや警告かな。早くスパイを認めて自首をしろ。さもなくば娘も妻のように逮捕するぞと」

 娘の顔色がみるみるうちに真っ青になっていく。
 逮捕されればどんな目にあうかは母を見て痛いほどわかっているからだ。 
 この異常に進んだ情報公開社会での逮捕は破滅を招く。
 その瞬間に人生が終わるといっても良い。特に女性は。
 
「やっぱ先生を連れてこないで学校で断ったほうが良かったかな?」

「いや、依頼を持ってきたのはいい判断だ。下手に断ったら絵玲奈が盗撮の犯人にされた可能性もある。それこそ警察の思惑通りだ」

 古木家はスパイ容疑を掛けられてから幾度と無く捜査の的にされてきた。
 その魔の手が娘に触れることは何がなんとしても阻止しなくてはならなかった。

「あーよかった。じゃ明日からなにをすればいいの?」

 先ほどまでの不安げな顔はどこへやら。思いっきり何かを期待している目。
 事件が学校で起きているのだから学生である娘に調査をさせるが本当は手っ取り早い。
 娘も思いっきりそれを期待しているが、古木はあえて口にしなった。

「盗撮調査は俺がやるから絵玲奈は何もしなくていい。普段と変わらない生活を送ってくれ」
「えー、事件の調査は?役割分担は?」
「駄目駄目。そんなことしたらいい口実を与えるだけだ」
「口実?」
「そうだ。警察は絵玲奈を逮捕するためのあら捜しをしているはずだから余計なことは一切するな。どんな些細なイタズラも犯罪に繋がるんだから忘れるなよ」

 真面目な顔で言うと娘はぷうと可愛らしく怒った仕草をする

「パパは僕を何歳だと思ってるの。もう高校生よ。いたずらなんてしませんよーだ」
「ははっそりゃそうか」


 笑い合う父と娘。
 こんな時代であっても家族への愛情は変わらない。
 どんな時も父は娘を命がけで守るものだ。
 その思いは刑務所にいる妻も同じ。

(父親として負けられないな)
 娘を守る。古木はもう一度その違いを胸に刻み込んだ


イジメられッ娘イジメられッ娘
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