結局、絵玲奈の釈放日は20日後までずれ込んだ。
その間に色々な駆け引きがあったが、彼女の耳には当然入らない。
20日目の早朝。絵玲奈はいつものように布団を片付け、和式トイレで用を足していた。
そこに現れたのは体重過多の太めのベテラン女性刑務官。
刑務官は尻丸出しのまましゃがんでおしっこするを彼女を見ても何も動じず、
「重要な話がある。【それ】が終わったらこちらに来い」
と、それだけを言って独房の中に入って来た。
「え? は、はい。わかり……ました」
刑務官が近づいてくるのを見た絵玲奈はゆでダコのように顔が真っ赤になりながら返事をした。
そして早く終わらせようとする。が、止まない。
視線を感じながらも尿は流れ続けた。いくら恥ずかしいとはいっても我慢できるものでもなかった。
そんな彼女の初々しい反応も何十年の勤務している刑務官にとっては見慣れたもの。
当然なんの配慮もしてくれず無骨な視線を向け続けた
ようやく排尿の勢いを表す音が止まる。絵玲奈は急いでトイレットペーパーであそこを拭き、パンツとズボンを履く。
この独房は24時間監視されていた。天井にはカメラが設置されているし室内も廊下から丸見えだ。
もちろん、奥に設置されている便座にも遮蔽物は一切ない。
つまり廊下から見ても【している】のがはっきりとわかる構造になっていた。
絵玲奈はこのトイレ環境を初めて見たとき卒倒しそうになった。
いくら監視社会とは言え、ここまでは進んでいない。
人が【している】ところを平然と眺める刑務官。見られていても出さなくてはいけない女たち。
この時代ですら、あまりに異常な空間だった。
「なんでしょうか」
朝っぱらから恥ずかしい思いをした絵玲奈が直立不動をし相手の反応を待った。
「身体検査だ。服を全部脱げ」
どんな重要な話かと思えばいつもの身体検査だったとは。
彼女は心の底から失望しながらも、上着とズボンを脱ぎパンツを下ろした。
「よろしい。見られながらも早く脱げるようになったな。感心感心。そんな69番にいい話がある。今日で釈放となった。おめでとう」
教えられた通り素早く全裸になり直立不動をした絵玲奈が寝耳に水な話を唐突に聞かされた。
「は?」
彼女は首を傾げる
この太っちょな女性刑務官は何を言っているのだろう。
確かにこれまでも厳しさの中にもいつもお茶目な感じが漂う刑務官ではあったが、こんな重要なことを人を裸にしてから話すことでもないだろうに。
「釈放……ですか。なんだか実感がありません。このまま刑務所に送られるとばかり」
この永遠に続きそうな監視生活が終わると言われても、やはり非現実的な話に思えた。
実際に今も独房の中心で裸にされ立たされているのだ。胸も股間も隠すことは決して許されない。
これを明日からはやらなくていいと言われても、にわかには信じられなかった。
「そうだろうな。私も釈放にされることになるとは思っていなかった。上からは刑務所の生活にも耐えられるように指導してくれと言われていたし」
確かにこの刑務官は厳しかった。どんな恥ずかしい命令も絶対服従の精神を叩き込まれた
ただ親身になってくれたのも間違いない。もし刑務所に行くことになれば感謝することになったかもしれない。
釈放が決まってもやることは変わらないようだ。
刑務官はいつものように絵玲奈の体を検査し始めた。
顔、髪の中。耳、鼻、口と調べられ胸に移る。あまり大きくない乳房を触られると一瞬眉をひそめる。
思えばこの20日間、色々な人に胸を見られ触られもした。
今更恥ずかしがってどうするんだろう。
彼女は心の中で諦めに似た感情を感じながら教えられたとおりに体を開き続けた。
「初日こそ泣いてばかりだったけどお前は手間が掛からなかった。立派だったぞ。自分を褒めてやれ」
「そうでしょうか」
腰、太ももと満遍なく調べられた絵玲奈は命じられる前に腰を曲げ、手を床に付けた。
これも刑務官の教え。言われる前に自発的に足を開き、あそこを見せる。
こんなことを教えられて実行している女子高校生が何人いるのだろうか。
普段からオシャレに気を使う方ではなかったとは言え、人前で裸になることに慣らされるほど羞恥心は薄くない。
それでもここで生きる限りは慣れなくてはいけない。そう思い必死に耐えてきた。
(その頑張りが報われた……のかな)
彼女の中になんとも言えない疑問が生まれてすぐ消えた。
流れ作業のように刑務官が絵玲奈の女を覗き込む。
彼女のあそこは年相当に汚れない色をしていた。
この20日間、様々な視線に晒されたが外見は何も変わっていない。
そんな聖域に今日も他人の指が入れられる。
「うっ」
苦しげな声が漏れた。もう何人の刑務官の指が入ったかわからない。
「最後だからもう少し我慢しろ。釈放は決まったとは言え、課せられたプログラムはまだ生きているからやらないわけにはいかないんだ」
「はい。わかっています」
性器検査を終えた刑務官は続いてケースから細いガラス棒を取り出す。
服従心。気が強く何事にも動じない前向きな彼女には無縁の感情。
それを嫌と言うほど植え付けられたのがこのガラス棒検査と呼ばれるものだった。
ガラス棒検査は2日に一回のペースでやられたが結局慣れることも嫌悪感が消えることもなかった。
そもそもお尻に異物を入れる。そんなことはここに来る前は想像したこともなかった。
それは今でも変わらない。こんなのはありえない。決してあってはならない気持ちはより大きくなっていた。
そんな絵玲奈の心も知ってか知らずか、刑務官は今日も手なれた手つきでガラス棒を肛門に入れた。
彼女の肛門は小さく硬い。違法物なんて隠せるわけなかったがそれでも刑務官は奥を探ろうとする
「かっ、はっ」
目がカッと見開き、口からはよだれが流れ落ちた
この20日間。やられるたびに体と心がバラバラにされるような屈辱感を覚えた。
冷たいガラス棒が肛門の閉じた穴をこじ開け、直腸の奥に進むたびにの頭の中に稲妻が走り、全身の筋肉が硬直していく。
性経験がない絵玲奈にとってそれは未知の信号。あまりのおぞましさに鳥肌が立った
「終わったぞ。よく頑張ったな」
地獄のような苦しみは唐突に終わり、刑務官は顔に似合わない優しい声を出した。
絵玲奈はこんなひどい目に合いながらも「あ、ありがとうございました」とお礼を言った。
頭が上がらないとはこのことか。裸を晒し性器や肛門の中まで知られた人物を前にして逆らうという選択肢は完全に消滅していた
「そんで学校はどうするんだ」
使用済みガラス棒を袋に入れながら刑務官はどこか心配そうに話す。
その姿はまるで母が子供の行く末を気にしている姿のように思えた。
もしかしたら、この刑務官も子供を持つ母親なのかもしれない。
「明日から……いえ出来たら今日の午後からも登校しようと思います」
全裸体の絵玲奈が言うと、流石に刑務官も驚きの顔を見せる。
逮捕された学生はそのまま学校からも弾かれる例が多かった。
それもこれも裸の写真が公開されるせいなのは間違いない。
それなのに絵玲奈は学校に戻るという。並の精神力ではなかった。
「69番は強いな。いや、初日は普通の高校生でしかなかったからここの監視生活が本来の素質を開花させたと言うべきか。流石はあの弁護士さんの娘だ。顔だけでなく心の強さもよく似ている」
「え?母はここにいたのですか。てっきり初日から刑務所管理になったとばかり」
母が逮捕されてからどこ連れて行かれたかは知らなかったが、まさかこの拘置所だったとは。
絵玲奈が目を輝かせながら聞き直した。
「ああ、お前の母は一週間だけここにいた。なんと言うか口煩い女性だったな。身体検査も法的な身体捜索の令状を見せることを要求したりさ。ガラス棒検査にいたっては人権侵害だといつも言われたっけ」
「母らしいです」
「でも法律で決められたことはどんなに嫌で恥ずかしくても決して逆らったりしなかった。抗議こそするが実際にガラス棒検査が始まると我々がやりやすいようにと、犬のように頭を床につけて、お尻を持ち上げ、秘めた肛門を自らの両手で露出させた。顔も体も真っ赤にしてさ。あんなエリートな弁護士さんなのに大したものだよ」
同じことをやられて今だからこそ母の気持ちがよくわかった。
どんな思いで肛門を晒したのか。その惨めさも痛いほど伝わる。
その思いが顔に出たのか刑務官が話を続ける
「普通は社会的地位や学歴が高い人間ほどここの検査を拒絶する。冤罪を主張するならなおさらだ。だがお前の母親は自分の立場をわきまえていた。初めてガラス棒を入れられた時すら恨み目を刑務官に向けることはせず、自らの意思でお手数おかけしましたとまで言ってのけた。あの肛門の状態を見ても何もかも初めての経験なのは間違いなく、ショックは計り知れなかっただろうにだ。あんな人物はちょっと記憶にない」
母は弁護士としての自分に誇りを持ってきた。だからどんな悪法でも法に逆らう真似はしない。
刑務官は驚いたようだが絵玲奈にとってはそれは当たり前の話でしかなかった。
そんな母だからこそ尊敬もしていた。
「だからお前も自分に自信をもっていい。母にも負けない立派な態度をしてきたのだからな」
しかし絵玲奈はそうではない。性器の中やケツの穴を見せるのもただ相手が格上の存在だと叩き込まれたからだ。ペットが躾によって飼い主に逆らえなくなるのと変わらない。
信念を持って肛門を晒した母とはまるで違う。
「母と比べるなんて止めてください。頭だってよくないのに」
母と似ているなんて言われたことがなかった。
劣等感こそ生まれなかったが、あまりに母が偉大すぎて比較対象にもなっていなかったからだ。
「69番は自分を過小評価しすぎだ。2人の体を知り尽くした私が……あっ」
刑務官は思い出したかのように会話を止めた。そして悔いたような目をした。
それは冤罪の母を24時間監視し体の秘密を徹底的に暴いたことの悔いなのか。それとも冤罪なのに刑務所に行くことになった悔いなのか。
どちらにしても、この刑務官に罪はないと絵玲奈は思った。
自分や母を裸にしその写真を公開するのも、肛門にガラス棒を突っ込むのも、ただ決められた手続きをやっただけなのだから。
「今日までお世話になりました。ありがとうございました」
微妙な空気を振り払うかのように絵玲奈が頭を下げる。
頭を上げ、裸体を一切隠さず笑うと、刑務官の顔からも自然と笑顔が溢れた。
もう二度と会うことはない。会う気もない。それはお互い同じはずなのに、それでも2人は心の何処かで別れを惜しんだ。
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数時間後。絵玲奈は面会室の横にある部屋で刑務官とともに迎えが来るのを待っていたが、肝心な人物はなかなか現れなかった。
受け渡しは第三者と一緒にやるのが原則だが待ちくたびれた刑務官は最後の作業を始める
「持ち物はここで全部だな」
「えっと……そうですね」
机の上に着ていた洋服、下着と一緒にスマホが置かれた。
逮捕当時にスマホを持っていたのかよく覚えていないが、ここにあるってことは警察が押収していたのだろう。
スマホを手に取り電源を入れるとまだバッテリーは残っていた。
絵玲奈は友人から来た大量の未読マークに苦笑いをしながら自分の逮捕記事を探す。
報道管制なのか単純に小さすぎる事件なのか報道らしい報道はろくになかった。
母の逮捕の場合は週刊誌に取り上げられ、冤罪発覚後はさらに大きく騒がれたことを考えても報道は0と言ってもいいレベルだった。
それは絵玲奈にとって僅かな救いになった。
なにしろ母の場合は冤罪逮捕の悲劇の弁護士として週刊誌に取り上げられるたびに裸の写真が一緒に掲載されたことを考えても報道はないことに越したことはなかった。
「ふぅ」
大きく安堵の息を吐いた絵玲奈はスマホから目を離した。
もちろんこれで済んでいるとは思わない。ネット掲示板ではどれだけ自分の裸が晒されているのか考えるだけでおぞまじい。
それでもマスコミの玩具になっていないことは幾分か気分が楽になったのもまた事実だった。
色々と考えていると扉が開く。
父親だ。相当興奮しているのか息を切らしている。
「パパ!」
スマホを机の上に戻し絵玲奈が喜びの声を出す。
だが父は目を丸くして固まった。見ている方が気の毒なぐらい狼狽している。
(ああ、これか)
絵玲奈は自身の手に掛けられた黒い手錠と腰に巻かれた青色の縄を見て納得した。
すっかり生活の一部になっており感覚が麻痺していたが、こんな拘束を実の娘が受けているのを見せられたらそりゃ驚く。
「今、外しますね」
様子を察した刑務官が拘束を解いた。絵玲奈は急いで父に駆け寄る。
今度こそ父と娘は抱き合い再開を喜んだ。
10分後。全ての手続きが終わり2人は外へ出た。
すると父の様子がまたおかしくなってきた。
自分のせいで辛い目にあわせた自覚があるのか落ちこみ方が半端ない。
そんな状態の父が口を開く。
「お前に話さなくてはならないことが……」
「ストーーーープ!!!」
絵玲奈は父の懺悔を周りもビックリするような声で止めた。
拘置所では出せなかった大声を出し、気分が楽になったのが逮捕前と変わらない笑顔を見せる
「それは後から聞くわ。それより学校よ。学校! 今からならまだ午後の授業に間に合うよね」
「ああ、ってなんだと!学校に行く気なのか」
「もちろんよ。まさか退学になったなんて言わないよね」
「そんなことはないが、今行かなくてもいいだろうに」
父が心配そうに話す。どうしても学校に復帰するなら数日後でいいだろうが父の提案だったが。
「悪いこともしていないのに逃げるのは嫌なの。堂々と行くわよ」
学校に行けば何をされるかは母親の一件を見ても明らかだ。それでも彼女は行くことにした。
自分の冤罪を証明するために。
「ほらほら、制服に着替えたいから家まで直行。早くゴーゴー」
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父の車で自宅に戻った絵玲奈は階段を駆け上がり、20日間ぶりに制服を手に取り匂いを嗅いだ
「なんだか懐かしい感じ。くまさんもお久しぶり」
制服を机の上に置き、絵玲奈はクマのぬいぐるみに向かって服を脱ぎ始める。
なんの躊躇いもなくおっぱいを晒しパンツを下ろす。
全裸になった彼女は何を思ったかクマに向かって笑みを浮かべる。
そして。
「69番。裸になれ。口を開けろ。腰を曲げろ。足を開け。性器検査をする。続いて肛門チェック……だって。はははっ馬鹿みたいでしょう。本当おかしい」
と、拘置所で何回もやったことをそのままやって見せ、笑いこける。
普通の女性ならとても出来ない全裸のまま腰を曲げ足を開く動作すら完璧に再現した。
もし本当に熊のぬいぐるみにカメラが仕掛けられていれば、肛門のシワまで見られるのにもかまわずに。
「もう本当に大変だったんだからね。この借りはきっちり返してもらうわよ」
まだ監視されているのはわかっているのに裸体を隠す素振りも見せない絵玲奈。
ちんまいした乳房も濃い陰毛も全く隠さずタンスから下着を取り出した。
拘置所での20日間は人生観を変えるほどの衝撃だった。
それでも絵玲奈は元気で帰ってこれた。それもこれも母はもっと辛い目になっている思い。
拘置所程度でヘタれていたら刑務所にいる母に申し訳がない。その一心で数々と試練を乗り越え無事に帰ってこれた。
制服に着替えた絵玲奈は家の玄関を開ける。
空は曇っていた。まるで彼女のこれからの人生を暗示するかのように。
「行ってきますーーー」
それでも普段通りの学校生活に戻れる勝算はあった。
クラスメイトたちは自分の無実を信じてくれると確信していたからだ。
盗撮容疑は消滅。もう一つの容疑である学校内の不法侵入はあまりに馬鹿げており、こんなもんが有罪になったら自分たちの身も危ない。
少なくても今回の逮捕を責める生徒はいないはず。
ただ問題は、だからといって公開された裸の写真を見ないでくれたとは考えにくいこと。
特に種村や真悠子は喜んで見るのは容易に想像がついた。
自身の裸の写真が国の公式サイトでいつでも見られる負い目は卒業まで。いや生涯続くだろう。
(ま、なんとかなるさ)
絵玲奈は電柱ごとに配置された監視カメラに手を振る
拘置所での生活を考えればカメラなんて気楽なものだった。
これまでは気になっていた脱衣場の監視カメラも平気。
だから自分の全裸をクラスメートたちに知られていてもきっと冷静でいられる。
大通りに入ると沢山の人が歩いていた。
子供、サラリーマン、主婦、老人、誰もが目的地に向かっている。
この中に絵玲奈が混ざっても誰も気が付かない。振り返る人すらいない。
雲が切れ、太陽の暖かい日光が辺りに降り注ぐ。
『お天道様が見ているから悪いことしたら駄目よ』
ふと絵玲奈は母がよく言ってたことを思い出す。
もしかしてお天道様とは監視カメラのことだったりして。
彼女は自分で考えたギャグに笑みを浮かべ、空に向かって右手をかざす。
「空って、こんなに青かったんだ」
終わり
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最後まで読んでくれてありがとうございました。