今日の全授業が終わったことを示すチャイムがなった。
隆は軽くため息を漏らしつつ、席を立とうとした。
今日は美術部に行く日であったが、当然のごとく足は重い。
このまま白鳥の言うことを聞き、欲望のまま走っていいのか。
まだ自分の気持ちに整理が付いていなかった。
「なんか暗い顔をしているな。なにかあったのか」
そんな姿に心配してくれたのか、後ろの席の友人が声を掛けて来た。
隆は友人の気遣いに感謝しつつ笑顔を作って話した。
「いや、部活でちょっとな。いろいろあるのよ」
「部活ってことは美術部のこと? ってことはやはり例の噂は本当だったのか」
「噂?」
友人の思いがけない話題に思わず聞き耳を立てる。
「噂というか一部の女子が美術部の特権停止署名を集めているって話だけど聞いていないか?」
「いや、まったく」
隆は首を降る。寝耳に水だった。
もし、そんな動きがあるならあの部長が見逃すはずがない。
速攻で潰しに来るはずだ。
「あれ? 当事者の美術部が知らないって変だな。他の部の話だったのかな」
不思議がる友人。どうやら情報が欲しかったのは彼も同じのようだ。
話に興味を持った隆は疑問を聞き返した。
「そもそも運動になにか根拠とかあるのか。例えば過半数になったら承認されるとか」
「知らん。でもそんな便利なものがあるんだったら他の生徒がとっくにやっているんじゃね。学校の制度に不満を持つ生徒は多いんだし」
「だよな。女子とか大抵可哀想な目にしか合わないし……」
隆は肯きながら、これは他の部の飛び火かもしれないと思った。
事実、美術部に限らず学校の制度を悪用した部が目立つようになっていた。
特にスポーツ部のしごき容認申請は目に余ると聞く。
実際に廊下で生尻を叩かれている一年を何人も見てきた。
いくら結果が出ていても、制度そのものに無理が来ているのは明らかだった。
「ん?もしかして女子の裸を見ていることを後悔しているのか」
表情を深読みをした友人が言う。
よほど深刻そうに見えたようだ
「……わからない。裸が見れて嬉しくないと言えば嘘になるし……」
隆は今の心境を素直に言った。
「うーん。そこまで難しく考えることはないと思うぞ。俺は今でもお前のことを羨ましいと思っているしな。そもそも合法的に同級生の裸が見られるなんてめったにあるものじゃないぞ」
友人は含みのある顔をし、黒板の前で後始末をしている委員長に目を向ける
そのぽっちゃりした小動物みたいな愛くるしさは誰からも好かれていた。
「委員長……」
隆の心に今更罪悪感が生まれる。
そう。自分は委員長の白くて形の良い胸を見ている。
あの小さな体に似合わない立派な膨らみを初めて時には歓喜の声すら上げそうになっていた。
「まぁ難しく考えることはなかろう。女子も自分の意志で判断をし裸になっているんだしな。むしろ見てやらないと失礼だろ」
「失礼?」
「そうさ。どんな女の裸も見られることで初めて価値が出るもんだ。たとえ鈴森のような男女の貧乳でもな。ははっ」
クラスで一番のガサツな女子として有名な奈々を引き合いにだし友人は笑った。こんな悩みはバカバカしいとばかりに。
「まあ……な」
少し前なら隆も普通に笑って終わる話であった。
だが今は笑えない。なにしろ裸を見るのは同級生だけでもなく実の姉も含まれているのだから。
裸が見れてラッキーでは終わらなかった。
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「また明日な」
友人と別れ、隆は1人で美術室に向かった。
渡り廊下を通り、目的の場所に近づくと1人の女性を見つけ、思わず「あっ」と声を出す。
美術室の前には姉がいた。
ドアに手を掛け、今から中に入ろうかとするところだった。
隆はおそるおそる「どうしたの」と声を掛けた。
「あいつに呼ばれたんだけど、聞いていないの?」
相変わらず不機嫌そうな声だが、朝のような怒りは感じられない。
「初めて聞いた。今日はスケッチをやる日でもないし」
「そう……」
姉のポイントを稼ぐためにも情報を与えたかったが、隆はなにも聞いていなかった。
だが、これはチャンスだとも思った。
当分は弁解する機会すらないと覚悟していたからだ。
謝るなら会話が辛うじて成立している今しか無い。
隆は先程のことを謝ろうとした。
「あのう……その……朝のことなんだけど……」
「その話はどうでもいいわ。それより心当たりは本当に無いの?」
姉はそっけなくいう。
許してくれたのか、それとも本当にそれどころではないのか。
隆は判断に困りながらも姉の質問に「思い当たることはない」と答えた。
「なら、少なくてもモデルをやらされることはないわね」
脱ぐ心配がなくなり、姉はほっと安堵の胸を撫で下ろすように大きく息をつく。
今日は七限目まである日なので、部活時間も当然短い。
どう考えても、今からヌードデッサンをやるとは思えなかった。
「どうしようか。入る?」
隆が言う。
「気に入らないけど呼ばれた以上、入るしか無いでしょう」
それを聞いた隆は扉を開ける。
すると、部室内の声が一瞬途切れた。
姉がいることに他の部員も驚いたようだ。
そう。黒板前に立つ1人の女子を覗いて。
「ようやく来たわね。ほら、そんなところにいないでこっち来て」
白鳥は姉を手巻きして黒板前に来いといった。
「?」
白鳥の意図がわからないまま姉は黒板の前に。隆は空いている席へ座った。
「で、白鳥。今日はなんのようよ」
姉は不満そうに白鳥に向かって言う。
「今日は重要な会議をしようと思ってね。だから佳子にも来てもらったの」
「会議?それどういうこと?」
やはりモデルとして呼ばれたのではないようだ。
だが、なぜ部の会議に姉が必要なのか。
隆は疑問は深まるばかりだった。
「そろそろ会議を始めましょうか。っと、その前にやることがあったわね。佳子、それ脱いで」
白鳥は姉の制服の上着を指差しながら、話の繋がりがさっぱり見えない指示を出す。
姉は驚きの表情を一瞬見せ、顔を赤め、そして最後に怒りの表すようにまつ毛が上がる。
今日は脱がなくてはいいと確信を持っていただけに、突然の脱衣指示はショックが大きかったようだ。
「な、なによそれ。なぜ会議で脱がなくてはいけないのよ!」
声を荒らげる姉。
当たり前の怒りであり、当たり前の疑問だった。
「えー、部活中にヌードモデルが裸になってなにがおかしいの。まぁ今日はモデルの役目じゃないから全部見せなくてもいいわ。上半身だけ脱いでね」
バカにした口調でいけしゃあしゃあと詭弁の述べる白鳥。
確かに今は部活中でヌードモデルの義務が発生する条件は整っている。
規約的には姉は裸になる義務があり、白鳥は脱衣を命じられる権利を持っていた。
「だ、だから……」
姉は食い下がろうとした。
しかし義務を持ち出されると弱い。声のトーンは明らかに落ちていた
そんな姉を尻目に白鳥は冷たい声でこう言った
「早く脱いで」
ヌードモデルである以上、合法的な命令には逃げ道はない。
勘弁したのか姉は震える手でセーラー服を脱ぐ。
本来は隠すべき乳房がぷるんと音を立てながら表にまろび出た。
「おーー」
何度見てもいいもんだとばかりに部員たちから歓声があがる。
事実、見るものを圧倒するほどの若々しく張りがある乳房は誰もが夢中にさせる魅力があった。
白鳥が姉のそばに行く。
姉は顔を赤らめながらも乳房を隠すことなく白鳥を見つめた。
女子部員の誰かが「ちょっとあれ」と戸惑いの声を出す。
それだけやばい雰囲気が二人の間に漂っていた。
「脱がなかったら指導するつもりだったけど素直に脱いだからこれで許してあげる。今日は大事な話もあるしね」
「?」
姉が視線を隆に向ける。どういうこと?と聞き出そうな顔つき。
しかし、隆はそれに気が付かない。
飽きることなく、ただじっと実の姉の乳房を見つめていた。
白鳥が教壇の前に立ち、手を数回叩く。
隆と同じく姉の乳房を見つめていた部員たちがはっと目を覚したように白鳥の方を向いた。
「ごほん。今日皆に集まってもらったのは他でもありません。これからの部の行く末についてです」
白鳥は語ると部員たちは真剣な眼差しをし、息を呑んだ。
隆から見れば、彼女は嫌味っぽい先輩でしかない。
だが、それだけで癖の強い美術部員たちをまとめられるはずがない。
この美術部を支えているもの。それは生まれ持ったリーダーシップを持つ白鳥に他ならなかった。
白鳥は声の強弱を付けながら話を続けた
「聞いている人もいると思いますが、何者かが美術部を潰そうと運動を起こしています」
ざわつく部員たち。知っているというものから初耳というものまで。
反応は様々だった。
「誰が行っているのかは定かではありません。ですが1人、心当たりがあります。ね。佳子そうでしょう」
視線が姉に向けられる。
「知らないわ」
姉は無愛想な声で答え、顔を背ける。むき出しの乳房がぷるっと震えた
その表情からは本当なのかどうかは計り知れなかった
「そんなはずはないわ。だって佳子は当事者なんだから」
そう言いながら白鳥は窓側に行き、ガラス窓を次々と全開に開放した。
涼しい風が部室内を吹き抜ける。
「ちょ、ちょっと何するのよ」
腕をクロスさせ、急いで胸を隠す姉。
ここは1階。外には木が何本が立っており、窓を開けても筒抜けにはならないが、それでも上半身裸の女子がいる状態で開けていい窓ではなかった。
「佳子。あんたでしょう」
再度同じことを聞く白鳥。
「し、知らないわよ」
顔を真っ赤に染めた姉も同じことを言った。
同じ質問、同じ答えの応酬。
白鳥は軽くため息を付く。
そしてスタスタと足音を立て廊下に繋がる美術室の扉の前へ行った。
廊下からは楽しげに会話する何人もの生徒の声がした。
白鳥が扉に手を掛けると、まさかの思いが部員たちを覆う。
上半身裸で立つ姉の喉がゴクリと鳴る。
やるはずがない。誰もがそう思った。