そんな部員たちの予想を打ち砕くように、ガタガタと音を立てながら扉が開けられた。
「きゃっ」
普段はあまり聞かない可愛い叫び声を出し、姉はしゃがみこんだ。
扉からは背を向けているので外から見ても乳房は見えない。
それでも上半身裸の女子生徒がうずくまっているのは丸見えだった。
廊下から聞こえてきた話し声が止む。
生徒が扉の前を通り過ぎるたびに話し声が無くなり、歩く速度が遅くなるのがありありと見えた。
「やっ、やだぁ」
姉が体を真っ赤にし更に小さくうずくまった。
野外ヌードモデルの時ですらここまでの反応は見せなかっただけに部員たちは驚きを顔を見せる。
「喋る気になった?」
「だ、だから早く閉めてってば」
そんな慌てふためく姉の姿をみた1人の女子部員が『可愛い』と言った。
見れば周りも笑っている人が多い。
家族である隆ですら皆の気持ちがよくわかった。
あまりに普段とのギャップが大きいのだ。
姉がどうやって一連の羞恥に耐えていたのかわからない。
だが、こうして狼狽する姿を見ると、やはり普通の女子なんだと誰もが思った。
「まぁいいわ。おしまい」
白鳥が出入り口の扉を閉め、開けていた窓にカーテンを引くと美術室に静けさが戻った。
扉を開けていた時間は一分にも満たない。
しかし、その間に少なくても10人近い生徒が前を通った。
ヌードモデルの規約的にも見せる必要のない生徒に見られた姉はしばし呆然とする。
そして目覚めたように怒りを爆発された。
「私がヌードモデルだとバレたらどうするのよ!! あなたの責任よ」
立ち上がって白鳥に詰め寄った。
左腕で乳房を覆い、乳首が見えないようにしながら迫る姉の姿はどこか間抜けに見えた。
「誰も佳子のことなんて気にしないわ。さっきの出来事なんて女子の裸が見れてラッキー。その程度の話でしかないわ」
白鳥はそんな姉を気にすることなく平然と答える。
「なにそれ。どういう意味?」
「ようするにみんな巻き込まれたくないのよ。佳子、あんたも見たことあるでしょう。女子が裸で走らされたりしていることを」
「ええ」
それは隆も何度か見たことがあった。
一部の体育部がやっているシゴキの一環だ。
「どの生徒も下手に口を出したら明日は我が身だと恐れている。だからいくら見られても噂にも話題にもならない。誰もあなたのことをヌードモデルだとは言わないから安心して脱いでいいわよ」
「安心って裸を見られた私の気持ちはどうなるのよ」
「うん? だから前から言ってるでしょ。早く慣れなさいと」
隆は二人の会話を聞き、なんとも言えない違和感を覚えた。
部長は何か決定的なことを姉に話さず誤魔化している感じがした。
「はぁ、いくら話をしても無駄のようね。もう帰るわ」
佳子は左手で胸を隠しながら、右手で先程脱いだ上着を取ろうとした。
「あら、帰るの?これからが次のヌードモデルの候補者を発表しようと思ったのに
」
白鳥がそう言うと姉の動きが止まる。
「ヌードモデルの候補? 誰なの?」
「ヒントを言うとね。佳子の知っている人物よ」
姉が隆の方を向いた。
弟に任せて自分は帰るかどうか悩んでいるような目つきだった。
(姉さんは帰って)
隆は軽く首を振り帰るように促す。
部長の手の内がわからないし、これ以上この場にいることは危険だと思ったからだ。
「もう少しいるわ」
だが、姉はここに残ることを選んだ。
それは弟のことがまるで信用にならないことを物語っていた。
「そう言ってくれると思っていたわ。じゃそこに立って。ポーズはわかっているよね」
上機嫌の白鳥が言う。
ポーズとはもちろん上半身裸のこと。
姉は憮然とした顔をしながらも胸のガードを外し乳房を露出させた。
「さっきも聞いたけど、この格好になる意味って何?」
美術部員たちの容赦ない複数の視線に顔を強張らせながら姉がもっともな疑問を口にする。
スケッチをやらなければ脱ぐ必要なんてどこにもないのに、なぜここまで上半身裸にこだわるのか。
「直訴システムって聞いたことあるでしょう。裸になって訴えれば校長が動いてくれるってあれ。これはその美術部版よ。美術部にゲストとして参加する女子は上半身裸になること。男の場合は下半身裸。私が考えて渡部先生が正式に採用したんだけど、いいルールでしょう」
「あなたらしいゲスなルールね」
反吐が出るといわんばかりの顔を見せる姉。
こんなくだらないことのために、乳房を晒すはめになったかと思うと腹が立って仕方がなかった。
「そう?このルールのおかげで美術部には部外者が入ってこないのよ。見学したいという人も来ない。人見知りの佳子もそのほうが助かるでしょう」
姉は「ふん」と言わんばかりに視線をずらす。
確かに、このルールのおかげで部外者に見られる可能性が減っていそうではあったが、だからと言って認めるはずもなかった。
「まぁいいわ。そろそろ会議を初めましょう。……って佳子に構っていたせいで残り時間がやばくなっているわね。仕方がないので今日は候補者リストだけ発表します」
白鳥は黒板前に行き、ヌードモデル候補者リストと書いた。
部員たちが、どよめきの声を出す。
その声をやまないうちに、次々と写真を貼り付けていった
写真を見た部員たちが更に騒ぎ出す。
「なぜ……」
姉が呆然と黒板を眺めた。
黒板に貼られたのは6人の女性。
制服姿の女生徒の写真が四枚。姉の全裸写真が一枚。
そして部員たちが一番驚いた写真。一人の若い女教師。藤沢先生の写真だった。
廊下を歩いている時に撮られた隠し撮りなのか、写真の中の藤沢先生は普段学校で見る時と同じように髪を後ろで束ね、性的な雰囲気を極力避けるような地味な格好をしていた。
だが、それだけ女教師が気を使っていても男子生徒たちの間では彼女の有名人だった。
どれだけ隠しても隠しきれないバストの大きさ。
生徒に優しく真面目と言ったこの学校の教師には珍しい要素もまた男子生徒を引き寄せた。
「あ、あの。これは何ですか」
一人の部員が部長に説明を求めた。
ヌードモデルの選考ならなんで教師まで入っているのか
誰もが思う疑問だった。
「この6人は書道部の関係者です。佳子は知らないと言ってるけど書道部の誰かが美術部を潰そうと画策していることは既に判明しています。私たちは売られた喧嘩を買う義務があります」
部長が正義は我にありと言わんばかりの熱弁を振るう。
「ちょっと待って。そんな証拠はあるの」
焦った顔をした姉が口を挟む。
まるで動揺を表すかのようにむき出しの乳房がぷるんと揺れた感じがした。
「ないから佳子に来てもらったの。でも口を割らないなら仕方がないわね。書道部の部員を片っ端から脱がすだけよ。そうすれば犯人にも当たるでしょ」
部長の言葉を聞き、美術室内は一瞬緊張感が走る。
そこまでやるのかと誰もが思った。
「……こんな欠席裁判みたいな状態は許されないわ」
このままでは書道部の部員たちが自分と同じ恥ずかしい思いをさせられる。
書道部部長である姉は必死に止めようとした。
「そんなんじゃないわよ。次回の選定会には書道部の藤沢先生がゲストとして来る予定だし」
反論も予想していたのか白鳥は次々とカードを出してくる。
(え? ゲスト?)
ゲストの単語を聞き、隆の胸が一瞬どくんとなった。
同じく気が付いたのか、他の部員たちも騒ぎ出す。
部長はゲストとして女教師を呼んだと言った。
それはつまりゲストを条件である乳房を丸出しにして立つことを、あの藤沢先生が受け入れたということ。
いや、会議の流れ次第ではヌードモデルとして選ばれることだってありえる。
誰もが噂の若い女教師を書けるチャンスに沸き立った
「馬鹿じゃないの。先生がゲストとしてこんなところに来るわけないじゃない。来る理由がないし」
そんな期待を打ち消すように姉が言う。
藤沢先生は新人で学校内の権力をまだ持っていないとは言え教師なのは間違いない。
自ら望まない限り、美術部のルールに従う義務はないはずだと。
「そうでもないわ。渡部先生が提示したゲスト条件を飲んでまで参加したいと申し出たんだのは藤沢先生本人だし。佳子には心当たりがあるんじゃない? そこまでして藤沢先生が美術部に妨害を入れようとする理由が」
「……」
佳子の顔から血の気が引いた。彼女には十分心当たりがあった。
あれだけ生徒の立場に立って親身になってくれた先生だ。
たとえ白鳥と渡部教師の罠だとわかっていても生徒を助けるためなら飛び込んでくるに違いない。
その結果、乳房を晒すはめになっても。
「佳子。あんたも明日来たいというなら来てもいいわよ。ゲストが二人並ぶ姿はさぞかし爽快でしょうし」
白鳥が喋っていると正門玄関が閉じられる時間を示すチャイムが鳴った。
「あら、時間切れね。なら今日はここまでにしましょう。解散!」
部長の掛け声とともに部員たちが一斉に立ち上がる。
「お前ら後片付けはきとんとしろよ」
副部長が大声で言うと、あるものは使った椅子や机の片付けをし、あるものはとっとと帰り支度を初めた。
隆は姉のもとに向かう。
ちょうど姉は上着に腕を通しているところだった。
「姉さん、ちょっと待って」
隆が声を出す。
聞こえたはずだが姉は振り向かず、そのまま急いで美術室から出ていった。
おそらく藤沢先生に事情を聞くつもりなんだろう。
「はぁ。やっぱまだ駄目か……」
あっさりと姉に振られた。
がっかりした隆はふと黒板に貼られた複数の写真に目をやる。
そして1枚の女子生徒の写真を剥がす。
「……」
奈々の写真を手に取り、思わずじっと眺めた。
白鳥は妨害工作をやっているのは姉だと言った。
しかし、弟から見ると姉はあんな目立つことは決してしない。
もっとしたたかに準備をするはすだ。
この乱暴な手口はやはり……
「こら。なにをしているんだ」
男の声がしたと思ったら、突然後ろから伸びてきた手に奈々の写真を奪われた。
「あ、副部長」
振り向くとそこにはやや機嫌が悪そうな副部長がいた。
副部長は黒板に貼られた残りの写真も全て剥がし写真を1枚1枚見直した。
「ふーん。書道部って可愛い子ばかりなんだな。この子らを全てゲストに呼んだらさぞかしいい光景になるだろうな。大きいのから小さいのまでずらりと並ぶんだぜ」
「そうでしょうか。僕はやはり複数の貧乳よりも一人の巨乳。藤沢先生のほうが見たいです」
隆は慎重に答える。
ここで白鳥と繋がっている人物に奈々が犯人であることを知られるわけには行かなかった。
バレれば奈々の裸が晒されることになる。
いや、奈々が行った行為を考えればヌードモデルになるだけで済むとは思えない。
「藤沢先生か。確かに楽しみだな」
副部長は奈々が写っていた写真の束を箱に片付けながら言う。
興味は上手く巨乳教師に向いたようだ。
「でしょう。あれはかなり大きそうですしね」
必死にアピールする隆。
彼にとって藤沢先生は面識も殆ど無いイチ教師に過ぎない。
他の美術部員と同じで、一度は書いてみたい綺麗な新人教師でしかなかった。
彼女がこのまま姉や奈々の身代わりになって、裸になってくれるなら願ったり叶ったりだった。