27話 体育倉庫と副部長
早朝。いつもより早く目覚めた隆はリビングに向かった。
鼻歌を鳴らしながら上機嫌で階段を降りた。
足取りが軽い。まるで玩具を買ってもらう子供のように心が踊った。
それもそのはず。今日は待ちに待ったヌードモデル選考会だったからだ。
しかも今日の選考会にはゲストとして藤沢先生が来るという。
美術部のゲスト。つまり昨日の姉のように藤沢先生も上半身裸を義務付けられる。
いくら美術部員とはいえ、若い女性教師の乳房を見る機会はまずない。
普段は教えを請う立場の女性の秘めた部分を一方的に見ることが出来る。
それは一生徒として性的な目で見るなと言うほうが無理だった。
(ん?)
ニヤけた顔でリビングに行くとパジャマ姿の姉がいた。
髪はボサボサで目は腫れぼったい。明らかに寝ていないのが伺えた。
隆は姉の胸元を見て生唾を飲み込む。
ゆったりしたパジャマのため昨日のように乳首が浮き出ているわけではない。
だが、少し開けられた胸元から見える抜けるような肌色の谷間は今もノーブラであることを強く感じさせられた。
「おはよ。昨日は部活の書類の整理をやっていたら遅くなってね」
なにやら言い訳臭いセリフを姉は言った。
隆は本当だろうかと疑いの目を向ける。
家族だからわかる。姉はヌードモデルをやらされるようになってから少しずつ変わっている。
おそらく本人も気がついていないだろうが、肌を見せるたびに色っぽくなっている。
それはノーパンノーブラを強要されるようになってから、より謙虚になった。
常に裸を見られる緊張感。服が擦れて刺激を受けつつける乳首やあそこが女性としての魅力を開花させそうとしているようだった。
隆の顔を見ながら姉が再び口を開く。
「それじゃ今日は一日お願い」
お願いとは昨日言っていた側にいてほしいというアレだ。
「本当に僕が行っていいの」
隆には姉が付いてきて欲しい理由がわからなかった。
今日の検査担当は副部長の船木。つまり姉は男に命じられて胸やあそこを見せることになる。
確かに姉の裸はずっと見ていたい。でも男の言いなりになる姉の姿は見たくなかった。
姉自身もそんな姿は弟に見られたくないはずなのに『なぜ?』の疑問が浮かぶ。
「いいのよ。そりゃ弟に見られるのも癪だけど白鳥の思惑を打ち砕くためなら我慢するわ」
そんな疑問に答えるかのように姉が言った。
弟はチャンスを思い、真意を聞き出そうとする。
「思惑ってなに?」
「バカね。考えても見なさい。体育館倉庫で男女が二人っきりなるのよ。しかも女子は裸。間違いが起こらないはずがない。そうよ。白鳥は船木に私を襲わせるつもりなの」
「いや、白鳥部長も船木副部長もそこまで悪人じゃ……」
反論しようとしたが隆はとっさに口をつぐんだ。
どう見ても、今の姉は冷静さを欠いている。
いつもならこんな発想には決してならなかったはずだ。
それもこれも度重なるヌードモデルのせいなのは間違いなかった。
姉は裸を見られるたびに男に対する不信感と白鳥部長を恨みを積もらせていった。
そのせいで周りが見えなくなっている。
「隆に何がわかるっていうのよ。とにかく今日は付いて来なさい。わかったわね」
「はい」
何を言っても無駄っぽいのであえて反論はしなかった。
いくら副部長がエロ好きでも同級生を襲うなんて考えられないし間違いも起こるはずがない。
だからこそ白鳥部長も体育館倉庫での検査を命じたはず。
(なら今回は目的は?)
隆が姉の説を完全に否定し説得できないのは白鳥部長の思惑が読みきれなかったからだ。
なにか理由はある。だがそれがなにかわからない。
なんとも言えないもどかしさを感じた
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30分後。
姉と弟は人の気配がまったくない体育館倉庫に来ていた。
時間はまだ7時30分。登校する生徒もまだ少なく、あたりは静まり返っていた。
姉は狭い倉庫を一通り眺め、だらしなく引かれた汚いマットを見つめた。
そしてなんとも言えない冷めた目つきをしながら喋る。
「埃っぽいわね。こんなところでやるカップルがいるなんて信じられないよね。隆もそう思わない」
「ぶー」
普段はあまり聞かない下品極まりない言い回しに、隆は思わず吹き出しそうになった。
もちろん隆もこの体育館倉庫でそういうことが行われている噂は聞いたことがある。
だが、姉の口からストレートに聞かされると意識するなという方が無理だった。
「なに動揺しているのよ。男なんてそんなもんでしょう。隆だって女子の裸を見たいからあんな部に入っているだし。汚らわしい」
軽蔑しまくった目で罵倒されても隆は何も言い返さなかった。
女の裸が見たいのも実の姉の裸に欲情しているのも事実だったからだ。
弁解は何を言っても嘘になる。
扉が開き、男子生徒が姿を現す。
「あれ、なんでお前もいるんだ」
副部長だ。隆がいることに驚いているようだった。
「私が呼んだのよ。いたら何か不都合でもあるの」
あからさまに警戒心をむき出しにする姉。
副部長に対する信頼度のなさは尋常ではなかった。
「その不都合があるんだよ。これじゃ部長の指示が実行できないじゃないか。まいったな」
言葉とは裏腹に副部長はさほど困っている感じはしない。
むしろ笑みさえも浮かべていた。
「やっぱり白鳥は私を襲わせるつもりだったのね。もう許さない!!
学校に抗議して今度こそあんな部を潰してもら……」
「ちょっと待て待て。誰が誰を襲うって。俺がお前を? ないない。モデルに触れるためには部長以上の許可がいるんだぞ。ビンタ程度でも無許可でやれば俺のほうが退部。下手すれば退学になるわ。ぶははは」
姉の勘違いを咄嗟に理解した副部長は全力で否定し、そして大笑いした。
そのぐらいトンチンカンなことを言ってたようだ。
確かに美しさが求められる美術部で、モデルを傷つける行為が黙認されるはずはない。
実際に隆も美術部で、体罰が行われているところは見たことなかった。
そのあたりは暴力による精神論が支配する運動部とはわけが違う。
だからこそ隆も美術部を嫌いにはなれなかったのだが。
「じゃなんなのよ」
姉はすごい形相で副部長を睨んだ。
自分の考えに相当自信を持っていたのか、警戒心は全く解いていない。
副部長はそんな様子すら楽しいのか、笑いながらボソリとひとこと言った
「脱げ。検査が終わったら教えてやる」
副部長がそう言うと姉は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
毎日同じクラスで学ぶ男子に脱げと命じられるのは精神的に相当きついようだ。
姉はスカートを持ち上げようとした。
さっさと検査を終わらせるつもりのようだったが。
「違う違う。そうじゃない。お前はヌードモデルなんだから全裸に決まっているだろ」
「は?」
姉と弟の声がハモって聞こえた。
下着検査なんだから全部脱ぐ必要はない。
事実、白鳥部長がやった時も全裸にはしなかった。
「あのー、検査は部分脱衣だと部長が言ってましたが」
隆はおそるおそる述べた。
3年。しかも副部長に意見なんて本当ならしたくなかったが、姉のためだから仕方がない。
その一心だった
「そんなことは知らんよ。ほら脱いだ脱いだ」
まったく取り合ってもらえない。
ここに来て隆はようやく副部長の笑みの理由を理解した。
副部長は姉がクラスメイトだからこそ、今の状況が楽しくて仕方がないのだ。
普段は鼻にもかけてくれないクラスの女子を命令一つで裸にできる。
この状況は男として楽しくないわけがないし、隆もその気持ちは理解できた。
「わかったわ」
姉は反論することなく言われたまま全裸になる。
約束通りブラもパンツもつけてはいなかった。
そして自分の体を一切隠すことなく副部長の前に立った。
「隠さないんだな。気が強いことで」
この時点で検査は終わるはずだが、副部長は解放しない。
真剣な眼差しでじっと姉の裸体を見つめ続けた。
「な、なによ」
陰毛も剃られた無防備の股間にねちっこい視線を感じた姉はみるみるうちに真っ赤になっていく。
それを見た副部長は軽くため息をつき、
「やっぱやらないと駄目だよな。でもこいつがいるんじゃ意味ないしどうすっかな」
と、いいながら床に脱ぎ捨てられた姉の制服を全て拾い上げた。
「だからさっきからなんなの。早く目的を言いなさいよ」
制服を勝手に触られて怒りの声を出す姉。
なかなか真相を言い出さないことに憤慨しているようだったが。
「そんな難しい話じゃない。脱いだ制服を全部もってこいと白鳥から言われた。ただそれだけだ」
副部長はしれっとトンデモないことを言った。
「え?」
姉の顔が驚きとともに青ざめた。
全裸のまま、ここに残されればどうなるのか。
助けを呼ぶわけにも行かない。裸のまま着替えがある教室まで戻らなくてはならなくなる。
そんなことになれば裸を見られる生徒も一人や二人では済まないし、廊下でストリーキングをやった女子の噂も校内に駆け巡るだろう。
そう。運動部がやっている全裸シゴキのように。
「白鳥部長はなんでそんなことを?」
固まっている姉に変わって、隆が質問をするが答えは予想は付いていた。
白鳥部長が前から言ってたヌードモデルとしての覚悟の話。
「そりゃ羞恥心を克服し心を鍛える特訓だろう。白鳥部長の持論であるモデルは常に体を開く準備をしていなくてはいけないってやつだ。まぁ全裸のまま平然として廊下を歩けるぐらいにならないとヌードモデルなんて務まるわけないし当たり前だけどな」
「……特訓って好きでヌードモデルをやっているじゃないわよ。全部あんたたち美術部のせいじゃない!」
「こらこら。俺たちばかり悪者にするなよ。お前だって同意したからこそここで裸になっているんだろ」
「それは……」
これを言われると姉も困る。
半分強制とはいえ、同意したのも事実だったからだ。
(そういや、なぜ姉さんは引き受けたんだろう)
隆が知る限りヌードモデルを断った生徒はいない。
断れば立場が悪くなるからと言われているが、そんなことのためにみんな裸になるとは考えにくい。
やはり、やる生徒にもなにかメリットが発生すると考えるのが自然だった。
むろん姉がそんな打算で動く人間だとは思わないが、現実として姉もヌードモデルになることを承認している。
姉と白鳥の関係。学校と生徒の関係。
そこには尋常ならざる駆け引きが行われている気がした。
「ったく。ヌードモデルになった時点でもう俺達の命令には逆らえないんだよ。そのことはよくわかっているだろ」
「ええ、約束は守るわ」
姉は全裸を晒しながらはっきりと答える。
先程のまでの羞恥も屈辱も一切消え去ったしっかりした声だった
「わかっているならいい。ほんじゃ後はよろしくな」
副部長は姉の制服を手に持ちながら扉を開け外へ出ていく。
もう意味がなくても部長の指示は守る気のようだ。
扉が閉められると、再び辺りは静まり返った。
ここにいるのは全裸で立つ姉と弟の2人のみ。
「さてと隆。あなたね……」
胸と股間を手で隠し姉が言った。
怖い。目が据わっているように見えた。
「は、ハイ」
隆はビクリと反応する。
また裸をじっと見ていたことを怒られる。そう思ったが
「着替えとってくるから上着とズボンを貸して……」
頬を染めながら姉が言う。
先程までの緊張感が切れたのか相当恥ずかしそうだ。
体をやや丸めて右腕1本で必死に柔らかそうな乳房を隠す仕草が妙に可愛らしかった。
「あ、ごめん。今渡すからちょっと待って」
隆は姉に男物は似合うのだろうかと余計なことを考えながら自身の制服のボタンに手を掛けた。