「はい。これ」
弟が自分の制服を手渡すと姉は後ろを向き、男物の黒上着に袖を通す。
着けていたものは全て副部長に持っていかれたために肌着は一切ない。
素肌に硬い裏地が当たるのが不快なのか、それとも染みついた弟の男の匂いが嫌なのか。
前ボタンを止めながら、姉はやや顔をし絡めた。
(おお)
そんな後ろ姿を眺めていた隆は思わず目を見開いた。
姉に男物は似合わないと思っていたが、それはとんでもない間違いだった。見事にマッチしていた。
しかも今の姉はまだズボンを履いてなく、可愛いお尻が全く隠れていないのもポイントが高かった。
上半身はいつも隆が着ている制服。そして下半身は丸出し。
その姿はいつにも増して卑猥でいやらしい。
狭く汚い匂いしかしない体育館倉庫はずなのに、メスのフェロモンが充満していくのを感じた。
そんな不埒な視線で見ている弟の気配を感じたのか姉が振り向く。
視線が重なり、一瞬だけ気まずい雰囲気が立ち込める。
だが姉は無言のまま再び後ろを向き、着衣を続けた。
ズボンを履くため、僅かに持ち上げられる右足。
やはり背後から視線が気になるのか、お尻を晒しながらもそれ以上は決して見せないな必要最小限の動きだった。
「制服探してくるから少し待っていて」
姉が出ていった。
取られた制服がどこに置かれているのかわからないが、そんな探しても見つからないところではないはず。
これはあくまで姉に裸で歩く訓練をさせたいための策略であり、決して無意味なイジメではないのだから。
彼はふうと息を吐き、使い込まれた跳び箱に座った。
外から聞こえる声もすっかり多くなった。一般生徒たちも登校してきたのであろう。
(ちょっと勿体なかったかな)
人の気配を多く感じながら隆はふらちなことを考えていた。
もし、自分がいなければ姉はどうやってこの危機を乗り切ったのだろうか。
運に任せて近くに来た知らない生徒に着るものを貸りる?
それともマッパのまま学校内に行く?
(後者だろうな)
姉はそんな無関係な人を巻き込むような人じゃない。
おそらく全裸のまま出ていくはずだ。もちろん隠れながら更衣室まで行くことは不可能。
コソコソと行くことは選ばない。顔も体も隠さず全力疾走で廊下を走り抜けたはず。
それならたとえ見られても、また何処かの体育部の罰走と思われるぐらいだ。
クラスメイトに偶然合うみたいな運の悪ささえなければ、姉の恥は広まらない。
そう。後に残るものは校舎の中を全裸で走って見られたと言う屈辱の経験だけ。
「へへへ」
隆は顔を真っ赤にしながら裸で走る姉を想像し股間の盛り上がりをおさえ切れずにいた。
------------
昼休み
白鳥部長に呼ばれた隆は美術室へと向かった。
普通、昼に呼び出しを受けることはあまりない。何かよほどのことがある時だけだ。
彼の脳裏に今朝の下着検査のことがよぎる。
あの検査は明らかに仕組まれていた。下着検査は建て前に過ぎず、本当の目的は姉にストリーキングの経験をさせることだった。
その計画を完璧にぶち壊した。計画立案者である白鳥部長が怒っていないはずはなかった。
「失礼します」
隆は美術室へ入る。室内には誰もいない。
がらりとした空間。中央にはモデルのチェック用に使う大きな鏡台と絵画スケッチ台があった。
「……上手い。誰の絵なんだろう」
スケッチ台に置かれていた絵は椅子に座る女性を書いた裸婦画だった。
今の隆が逆立ちしても到達できない高い技術。それを支える若く美しい女性。 やや小さめの乳房さえも儚げで尊いものに見える。
まだ下書きだというのに引き込まれた。
「来ていたの。結構早いわね。感心感心」
隣の準備室から白鳥部長が出てくる
白鳥は制服のタイを縛り直しながら歩く。
それはまるで今脱いでいた制服を着直して現れたような姿だった。
気は強そうだがちょっとだけお嬢様っぽい顔立ち。スラッとした細めのスタイル。
隆は思わず置かれている絵と見比べる。
「え、これ部長なんですか」
この美しい絵と部長が一致しない。
いや、本人なのは間違いないが、普段の性格を知っている隆にはそれがどうしても繋がらない。
「何を驚いているのよ。相変わらず失礼な後輩ね」
と言いながら白鳥は満更ではない顔を見せる。
自分の絵に驚く姿は自尊心をくすぐる物のようだ
「噂は伊達ではなかったか……」
隆も自分が入学する前の白鳥のことは知らない。
だが噂は入部当初から聞かされていた。
白鳥は2年の春に美術部の部長になり全権を獲得し今の体制を作り上げたという。
いくら低迷していたとはいえ、先輩を差し置いていきなり部長の座を取り、学校にヌードモデル義務化を飲ませるんだから尋常なことではない。
もちろん、才能だけでこんなことをやるのは不可能。
1年の時から相当無茶苦茶なことをやったと聞く。
自分の裸はもちろん友人すら裸にし美術のため利用したというからとんでもない1年だったのが伺えた。
「せっかくヌードモデルを揃えても、いつでも使えるわけじゃないというのは困ったものね。せっかく呼んでも恥ずかしさで震える生徒ばかりだし使いにくいったらありゃしない。君もそう思うでしょう」
「はぁそうですね」
適当に相槌を打つ隆
白鳥部長に取ってはヌードモデルの義務も自分が今までやってきたことの延長でしかない。
だからこそ制限だらけの今のやり方は生ぬるく不満が残るようだ。
「あの1年ももう少し自分の立場をわかってほしいものだわ。ヌードモデルになってから一ヶ月以上は経つというのに、未だに男子が見ている前だとすぐ下着を下ろせないなんて話にならない」
「あの、用事というのは」
白鳥はグチグチと現状の不満を述べるだけでいつまで経っても本題に入らない。
隆はおそるおそる呼ばれた理由を聞き出そうとした。
「あ、そうそう。用事はもちろん藤沢のことよ。放課後になったら君が教師を連れてくるように」
「僕が先生をここに?」
どうやら朝のことではないようだ。
それでもめんどくさいことを言われて隆の顔が歪む。
裸にする教師をつれて来いなんてどう考えてもやりたくない仕事だった。
「あといきなり美術室に連れてきたら駄目よ。まずそこの準備室で上半身を裸にして呼ばれたら美術室の中に入れなさい」
「なぜ僕なの? そんな役目なら女子のほうがいいんじゃ」
連れてくるのはわかるが、あらかじめ脱がしておけとはどういうことだろうか。
そもそもそんな役目なら女子のほうが適切なはず。
「理由は2つ。一つは一年の男子に命じられて胸を見られた経験をあの先生にさせるため。これは女子がやっても意味ないのよ。教え子の男子に命じられて肌を晒す屈辱をしっかり味わってもらわないと」
「でも先生は大人だし結構平気なのでは」
いくら若いとはいえ藤沢先生は大学も卒業した社会人だ。
それなりに男性経験もあるはずだし、胸を見られることがそこまで大きなショックを与えるとは考えにくい。
「大人ねぇ。本当にそうかしら」
白鳥が笑う。このあたりの女子の心理はよくわからない。
女だからわかる世界なんだろう。
「もう一つの理由はあの教師が、とんだ食わせ物の可能性があるからよ」
「???」
食わせ物と聞いて隆が首を傾げる。
どう見ても藤沢先生はただの気のいい新米教師にしか思えなかった
実際に男子生徒の中でも結構な人気者で悪い話も聞かない。
「顧問もそう言ってたわね。私も一度合ってみてチョロそうな教師と思っていたわ。でもあの佳子があそこまで信用する人物だからきっとなにか裏がある。だからこそ1年男子のあんたに様子を探って欲しいわけ」
「探ると言われても具体的には何を」
あの先生にそんな裏はないと言いたいのを隆は必死に堪えて話を合わせることにした。
白鳥部長は自分の意見に絶対の自信を持っており、反論をとにかく嫌う傾向があったからだ。
「欲望のままやりたいようにやるだけでいいわ。女体検査みたいな徹底的なものはヌードモデルに選んだあとじゃないと出来ないけど他のことなら好きにやってもいいわよ。あんたみたいな変態はそういうの得意でしょう」
「わかりましたけど……えっと用事はそれだけですか?」
変態と言われてムカっとしながら朝の出来事の探りを入れる質問した。
「そうよ。なにか他にあるの」
まだ朝の結果を知らないのか。それとも本当に怒っていないのか。
判断は付かないが藪蛇にならないように隆は会話を打ち切ることにした。
「いえ、なにも」
「ではよろしく。しっかりと命じて乳房を見るのよ。その後にお披露目だから順番は間違いないように」
やけにこだわるなと少し不思議に思いながら隆は美術室を出た。
「藤沢先生か……」
こんな部にいては駄目みたいな小言や説教を一杯聞かされると思うと隆は今から気が重くなるのを感じた。
だが、誰よりも早くあの大きそうな胸を見られると思うと心が躍るのもまた事実だった。