姉は自らの意思で汚れた視線の洪水に乳房を晒した。
顔を上げて、背筋を伸ばして美術室に入ったつもりだったがやはり女の防衛本能が邪魔をする。
自然と頬が赤く染まり手は乳房を隠そうとピクリと動く。
それでも隠したら負けとばかりに姉は手を下げ、動かない足を必死に前に進める。
「ああ……」
背後から悲痛な声が聞こえた。
見れば真っ青な顔色をした藤沢が立ち止まっている。
先程までの気の強さが嘘のようだ
だがそれも無理なかった。教師という立場でありながら乳房を生徒に晒すのだ。
それは教師としてのプライドや威厳を捨て去る行為に他ならず、ここまで頑張って教師になった自身の人生の否定にも繋がる。
肌を見せたときの喪失感はまだ学生である姉の比ではないはず。
「あらら、藤沢先生。先程までの威勢はどうしましたか。まさか怖いのですか。そんなはずありませんよね。学生が出来ることが大人が出来るないはずありませんし」
そんな気持ちを見抜いている白鳥がニヤニヤしながら言った。
同じ女性であるからこそ、藤沢が置かれた立場が手に取るようにわかる。
だからこそ、嫌味もキレキレだった
「いいえ。私はこの学校を変えるために来たのです。このぐらいで戸惑っていたら佳子さんにも笑われてしまいます」
挑発に目が覚めたのか藤沢はニコリと一瞬笑みを浮かべ、美術室の中へと入ってきた。
「ざわ」
声を上げて騒ぐ部員こそいないが、藤沢の上半身を見て美術室の空気が明らかに変わった。
興味本位で眺める男子。生徒間でも人気がある先生の悲惨な姿を見て顔を背ける男子。逆に大きな胸を隠さず晒しているとに軽蔑しているような女子。
藤沢は顔こそ硬直させているが取り乱すことなく、それらの反応を受け止めていた。
「はいはい。会議を始めるわよ。先生と佳子は黒板の前に立ってください。そうそう。そこでいいわ」
白鳥はまったく普段と変わらないテキパキとした指示を出す。
隆は空いていた左側の後列の席に座る。
(うわーー)
座った瞬間、思わず声を上げそうになった。
そこそこ距離があるというのに2人の乳房がここからでもはっきりとわかったからだ。
黒板の横に立たせた白鳥の意図がよくわかる。
あの位置にいれば否応なしに乳房が目に入る。
見たくないと思っても黒板や喋っている白鳥を見れば必ず視界に入った。
そう。これはわざと。
部員たちの中にある教師の裸を見るのは悪いという罪悪感を消し去る目的あるのは明らかだった。
もちろん乳房を晒して教師としてのプライドを壊す要素もある
(しかし姉さんは本当に美乳なんだな。大きさでは全然先生に勝てないけど形がいい)
適度な大きなのせいなのか姉の乳房は本当なキレイな膨らみを帯びていた。
それに加えて高校生らしい肌の若々しい艶もある。
プロポーション抜群の大人の女性と並べば、さぞかし見劣りするだろうと思っていたがとんでもない。
確かに小ささこそ誇張されるが見えなかった違う魅力も見えてくるようだった。
隣りに居た男子で小声で言う。
『佳子先輩は絵を書きたいと思う乳房。藤沢先生は写真に残したいと思うオッパイだよな』
なるほどと隆は思った。
確かに先生の胸は大きくてエロい。男子なら誰もが触って揉みたいと思うはず。
しかしそれは性欲であって芸術心を擽るものではない。
姉の美しさには届かなかった
白鳥が部室の空気を落ち着かせるかのようにわざとらしい咳をしてから言った。
「ごほん。えっと最初に言っておきますがゲストはあくまでも見学人であり意見を述べたりすることは許されていません。もし違反したときは、その格好のまま廊下に『叩き出す』ので、そのおつもりで」
ちょっと勿体ぶりながら叩き出すを強調した。
事前と話が違うと抗議すると思ったが、2人の顔には恐怖心が浮かんでいた。
そう。時間はまだ早い。上半身裸のまま廊下に出されたら何人に見られるかわかったものじゃない。
それはすなわち破滅を意味していた。
「次のヌードモデルに藤沢先生を選びたいと思うけど皆さんの意見を聞かせてください」
白鳥が場を仕切りながら進める。
最初から打ち合わせがあったように副部長が手を上げた。
「うい、質問。教師を選ぶことに学校側は同意しているの? 規約的には厳しいし女性を裸にするにはそれだけの配慮が必要だと思うのですがー」
エロ大好きな副部長とは思えない慎重な発言に姉が舌打ちを打つ。
自分の裸体写真を持ち歩いて無断で弟に渡したりする男がそんな女性の配慮なんて気にするはずもなかったからだ。
どう考えてもヤラセ。白鳥が言わせている質問だった。
「その心配はいりません。証拠をお見せしましょう」
と言って白鳥は部員ひとりひとりにプリントを配る。
いち早くプリントに目を通した男子生徒が「ひゅー」とご機嫌な口笛を吹く
(え?)
隆もプリントを見て驚きの声を出した。
プリントには藤沢先生の健康データが細かく書かれていた。
身長体重からスリーサイズ。血圧から身体的な医学的検知まで記載されている。
普通なら門外不出の健康診断のカルテであるのは間違いなかった
「これは学校から提示された藤沢先生の身体データです。これを渡された事自体が藤沢先生をヌードモデルに指名しても問題ない証明といえるのではないでしょうか」
素人の生徒たちに医学的な情報は理解できない。
そう。男子たちの目は一つの項目にそそられていた。
(B90-W60-H86??)
90の大台に載せた数字にどよめきが起きた。
確かにエロい先生として有名であったがまさか90とは。
そこまで背は高くないのにこの大きさ。男子はおろか女子まで晒されている大きな乳房を再度注目した。
「くう……」
大量の視線に晒された藤沢はうつむいていた。
秘めた数字を暴かれたことに相当ショックのようだった。
その真横にいる姉は対象的に怒りに顕にしていた。
自分の時もこうして見られたくもない数字を公開されて玩具にされていたことがわかったからだ。
そんな藤沢を追い打ちをかけるような質問を白鳥がした。
「あ、そうだ。一つ聞きますけど先生は何人の男性とお付き合いしたことがあるのですか?」
白鳥の質問にあっけにとられる藤沢。
切れるか無視するか。誰もが注目する中で藤沢が答える。
「答える義務はありません。それともなんですか。男性経験の数と女の美しさに関係があるとでもいうのですか。美を追求する美術部ともあろうものがそんな歪んだ考えを正当化する気ではないでしょうね」
うまく切り替えした。
上半裸という冷静さを失えかねない異常な状態であっても頭は回転する
教師としての才能の高さを感じさせた。
「ふふっ、そうですわね。もちろんまったく関係ないですわ。処女かどうかなんて女の体の美しさに影響されるはずがないじゃないですか」
「じゃなぜそんなことを!」
「いやね。経験が少ないなら検査で学生たちと同じ苦しみをうけるんだろうなと思いましてね」
「検査?」
そんな話は藤沢も聞いたことがあった。
学校が美術部に女子の身体データを集めさせてどこかに渡していると。
「実のところ我が部としてはこんなことやりたくもありません。でもモデルのあそこと肛門の詳細を調べるのは交換条件なので仕方がないのですよね」
「学校が女子の下半身のデータを集めている?」
藤沢の目が鋭くなる。学校の暗部と言えるものにようやく近づいたからだ。
「こんなものまで使って中の写真を撮れと言うんだから本当に何なんだろうね」
そう言いながら白鳥が小部屋から持ってきたカバンを開け、中からアヒルの口ばしのような金属製の小さな器具を取り出す。
すると姉が真っ青な顔をし「ひぃ!」と悲鳴を上げた。
それが何かわからない生徒も多かったが、上級生たちは概ね知っているのかニヤけた表情を浮かべている。
「まさかそんなことまで……」
その残酷な器具の正体がわかるか藤沢も言葉を失っていた。
美術室に重苦しい空気を漂い始める。
しかし白鳥は何も気にせず「次の質問は?」と言うと気が強そうな2年女子が手を上げる。
「はい。質問です。先生が選ばれてもノーパンノーブラの義務を課すつもりのですか」
「必要とあればやるのでそう思ってくれて構いません」
「ならその場合の下着検査は? まさか女子だけやらせるなんてことはないでしょうか」
「それはありません。普段通り男子にもやってもらいます。教師だけ特別扱いなんてやはり変ですし」
「そういうことですか。納得しました」
女子生徒は安心した顔で席に座る。
教師の身体検査なんてめんどくさい作業を女子だけに押し付けられるのを避けたかったようだ。
それは即ち同性である女子の間でも藤沢の味方は少ない現れ。
実際に藤沢は今の受け答えにショックを隠しきれない顔をしていた。
今度は2年男子が手を上げる
「ヌードモデルに選んだ場合は今度予定されている合宿に藤沢先生も連れて行くってことですか?」
「そのつもりです。知っての通りヌードモデルに選ばれた人たちはモデルとしてはまだ未熟です。裸を晒しても動じないモデルは1人もいません。この合宿ではそのあたりとしっかり鍛え上げるつもりです。このぐらい出来ないと本人のためにはならないですし」
「先生は大人だしやはりポーズ等の制限はあるのですか?」
「ありません。むしろせっかくの大人のモデルですし美術解剖学をやりたい人がいればやらせようかなと思っています」
男子の顔に笑みが浮かぶ。
普段はモデルに触れてはいけないが、体の骨格や筋、肉付き感触の再現を重視する美術解剖学となれば話は別。
あの巨乳に直接触れるチャンスも生まれる。
男として魅力を感じないものはいないはずだったが。
「えー貧乳派の俺として佳子先輩のオッパイでやりたいな。手のひらで握れる程度がやはり丁度いいよ。揉んで感触も調べたいし」
1年のエロ部員が揶揄い半分の割り込み発言をすると笑いがあちらこちらで飛ぶ。
姉の胸はいうほど小さくないがやはり藤沢と並べられると小さく思えてくるから不思議だ。
「……」
そんな暴言を前にして姉はよく耐えていた。
自分の胸を1年の下級生が勝手に品評し、直接触って揉むことを宣言されたのだ。
場が場でなければすぐ引っぱたいているのは間違いない。
「佳子の胸を君が最初に触りたいですか。まぁ考えておきましょう。次の質問は…」
白鳥が次々と大小様々な質問に答えていく。
この日のためにかなりの下準備をしていたのが伺えた。
数分後
「もう質問はありませんか。では最後に藤沢先生に感想でも聞きましょうか。ご自由に発言しても構いませんよ」
「……必ず後悔させてあげます。私……ううん。私たち女性をなめないでね」
「私だって女子なのにねぇ。怖い怖い。それじゃ賛成の人は手を上げて」
隆も手を上げるがその表情は硬い。
質問こそしなかったがやはり様々な疑問が残った。
「賛成多数。来月のヌードモデルは藤沢先生に決まりました。はい拍手」
拍手を聞きながら彼は思う。
白鳥部長は確かに凄い。場のコントロール。下調べともに完璧だ。
上手く藤沢先生をヌードモデルに選ばれるように誘導していった。
だが予想以上の危険分子である藤沢先生をヌードモデルにして本当に良かったのだろうか。
先程の準備室での行動を見ても、部の秘密を探りに来たのは明らかだ。
裸にして上手く心を折れればいいが、手こずれば身内にスパイを抱えているようなもの。
姉と2人で内部を探られては、何がバレるかわかったものじゃない。
なのに白鳥は藤沢をヌードモデルに指名した。
それは危険より部の利益を優先した形でしかない。
(確かにあのおっぱいは魅力的だけど大丈夫なのかな)
隆は白鳥のどこかに優秀さ故の驕りのようなものがあるのを感じ取っていた。