午後八時、病院内は静まり返っていた。
それは医者、患者ともに今日やるべきことは全て終わったことを意味していた。
他の関係者同様、優奈も安堵の思いに耽っていると廊下から人の気配がした。
「優奈ちゃんの部屋はここかな」
男の声は部屋の中まで聴こえた。
(なに?)
優奈が何事と思う間もなく突然扉が開き、担当の紀子と同じ薄青い看護師服を着た男が入ってくる。
入院患者とはいえ、こんな時間の女子の部屋に断りもなく入った若い男を見て、優奈は強い警戒心を持った。
「お、いたいた。なかなか可愛いな」
男は馴れ馴れしく、寝たきりの優奈に向かって話しかける。
まるで学校内での先輩と後輩の会話のような軽さだった。
実際に男の年齢は若く、まだ20歳前後のように見えた。
「なにかようですか……って、え?」
優奈が戸惑いの声を上げた。
男はなんの説明もなく彼女の布団をずらし、パジャマの合わせ部を開いたからだ。
パジャマの上部がはだけられ、なだらかな肩や綺麗な鎖骨、まだ小振りの2つの乳房がぽろんと顕になった。
「へ?え?」
不意に乳房をむき出しにされて言葉を失う優奈。
彼女は何が起きているのかも理解できなかった。
この男は誰なのか。なぜいきなり服を脱がしたのか。初対面な男になぜ胸を見られなくてはならないのか。
わからないことだらけだった。
「おー子供っぽい顔もいいけどオッパイも綺麗だね。そんなに大きくないのがいい。乳首も小さくて俺好み」
男はマジマジと優奈の乳房を眺めながら満足気に言う。
「な、なな、なにを」
歳も大きく変わらない男に胸を見られて、彼女の顔は恥ずかしさのあまりみるみるうちに赤くなった。
入院前は考えもつかない非現実な状況に思考がついていかない。
優奈は大して動かない手で胸を隠そうとした。
しかし男は手を掴み、その動作を防ぐ。
そして再び視線を優奈の乳房に集中する
「あ、あなたは誰ですか」
乳房に遠慮のない熱い視線を感じながら優奈はやっとかっという。
「おっとごめん。俺は高木順。君の担当看護師だよ。まだ学生なので見習いだけどね」
高木はその間も乳房から目を離さない。
白い乳房の中央にある乳首は荒くなった呼吸に合わせるように上下に揺れていた
「看護学生? ってことは前の担当は」
高木とは逆に優奈は恥ずかしげに目線を横にそらす。
「今日で交代。明日から俺がやるからよろしく」
「やるってなにを……あ」
真っ赤だった優奈の顔から血の気が引いた。
つまり、この男が明日からの世話。すなわち体拭きから下の世話までやるという意味。
「そういうこと。今日は挨拶だけだけど仲良くしようね」
高木はなぜか優奈の顔ではなく乳房に向かって言った。
「……」
なんていっていいのかわからない優奈はきゅっと唇を結んで沈黙を続けた。
もちろん、言いたいことは沢山ある。
本当に挨拶をしに来ただけというなら、なぜ脱がしたのか説明を聞きたい。
不信感たっぷりな彼女を尻目に高木は手慣れた手つきで優奈のパジャマを戻す。
「え?」
「今日はこれでおしまい。また明日ー」
高木はそう言うと、上機嫌で部屋から出て行った。
結局、高木は優奈の体には一切触れなかった。
腰の紐を解き、全裸にすることも簡単だったのに脱がしたのは上半身のみ。
患者の乳房を見てから挨拶をする。それだけが目的であることを証明するかのような動きだった。
「今のなんなの?」
再び静まり返った病室。
彼女には高木の考えがさっぱりわからなかった。
わかっているのは今、胸を見た男が明日から担当をやるということぐらい。
(そうだ。あんな男に見られたんだ……)
優奈は再び顔が赤くなるのを感じた。
胸を見られた恥ずかしさが蘇ると同時に明日からの不安に押しつぶされそうになった。