入院生活の日常


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 翌日。  

「じゃ先生の言うことをきちんと聞くんですよ。わかった。決して無理はないように」
「はーい」

 優奈が適当に返事をすると母親は少し呆れた顔をしつつ病室から出ていく。
 面会謝絶の札が外れてからは様々な人が見舞いに来るようになった。
 両親、学校の先生、友人たち。
 だが、その中に腐れ縁の櫻井の名はなかった。
 なぜ来ないのか。男子してボロボロになった幼馴染の姿は見たくないものなのか。それとももう自分のことなんてどうでもいいのか。
 考えれば考えるほど、彼女は負の感情に押しつぶされそうになった。

「はぁ。ヤメヤメ。あいつがそんな奴のはずないじゃない」

 優奈は動くほうの手で自分のホッペをパンパンと軽く叩きた。
 前向きにならなくては駄目だってことは十分自覚してした
 入院生活が長引くにつれて、悪い方、悪い方に考える癖がついてしまっていたからだ。
 看護師だって好きで人を裸にしているわけでもないのに、八つ当たりのごとく変に恨んで相手を傷つけた。
 この病院がやることは正しい。今はそれだけを信じなければならないはず。

(よし)
 彼女はそのことを実証しようと思った。
 おそるおそる体を向きを変えようと力を入れる。

 それはほんの僅かな寝返りな動作。
 むろんバレたら怒れるので誰もいないことを確認し、少しだけ体を持ち上げ横に倒す。
 すると体はどこも痛むことなく言うことを聞いてくれた。

「ははっ、やった。やったわ。できたー」
 事故前だと無意識のうちにやる程度のささやかな動き。
 それでも今の優奈にとっては大きな成果だった。
 患者のプライバシーを無視するこの病院への不満は多いが、やはり腕は確かであり、信用に値する病院であることを証明できたことに彼女の心は晴れ渡った

 そんなことをしていると突然扉が開く。

「おはようございますーーって?」

 新担当である若い男子学生こと高木がズカズカと病室の中へと入ってくる。
 高木は体の向きが違う優奈を見て少し困ったような顔をした。
 動いてはいけない患者が勝手に体勢を変えているのだから当たり前の反応だった。

「あ、これは違うんです。その」

 怒られると思い、言い訳をしようとした。
 しかし高木はニコリと笑い「内緒ですよ」と言って体をもとに位置に戻してくれた。

「ありがとうございます。あとすみませんでした」
 優奈は素直にお礼を言った。この高木という学生は決して悪い男ではない  
 顔もイケメンだしさぞかし私生活ではモテるだろうと思った。
 患者でなければ嫌う理由は何もない。そう。患者でなければ。
 
「気にしないでください。これも仕事ですから」
 高木はそう言いながら優奈の胸元に手を掛け、そのまま大きくはだけされた。
 その行為は乙女の乳房を曝け出すことに繋がるというのに相変わらずなんの断りもない。

(ま、またこれ?)

 乳首に外気を感じて優奈の頬がほっと赤く染まった 
 この学生は必ず人の胸を露出させてから作業を始める。
 理由を聞いても教えてくれないし、何度考えても意味がわからない。
 もしこれが性的な欲望のためにやっているならまだ理解はできる。
 だが、そういう邪な感情とは違う。明らかに患者のためにやっているのだ。
 実際に彼は今も真剣な眼差しで点滴のスピードを調整している。
 その姿は学生とは思えないプロ意識あふれる姿。いやらしさは微塵も感じられない。 

 点滴のスピード調整の計算を終えた高木は優奈に向かって雑談を始める。
 この患者とのコミニケーションをとるための雑談は殆どの看護師が行っていた。
 無駄なことを一切やらない病院らしかぬ時間ではあったが、これもまた病状の変化を探るために必要なもののようだった。
 
「昨日は傘を忘れましてね。もうびしょ濡れで」
「へ、へぇそれは大変でしたね」
  
 話好きの優奈にとってもこの時間は楽しい。
 ただ高木との雑談は問題があった。
 こんな時ですらパジャマの前を開けてから行われるからだ。
 乳房をむき出しにしながらの雑談。
 雑談する時は高木も椅子に座り優奈を見ながら喋る。
 それはすなわち、乳房に視線を感じながら笑い話を聞くようなものだった。
「そしたらね。友人が…」
「へぇ。そんなことあるのですか」

 なんとも奇妙な緊張感だった。
 診察のために全裸になる。または尿管からの炎症が起きていないか調べるために性器の中を毎日覗かれる。
 それらとはまるで違う独特の感覚

 
「やっぱ点滴の◯○がおかしいな。新しいのを持ってきますので少し待っていてください」 
 唐突に雑談を打ち切った高木が立ち上がり、駆け足で病室から出ていこうとした。

「あっ、ちょっと待ってよ。これこれ!」
 こんな格好の優奈は当然止めようとするがとき既に遅し。 
 高木はスライド扉を開け、出ていってしまった。

「え? ええぇぇーー!!」
 優奈の叫び声が病室に広がった。
 もちろん、その声に反応する者はいない
 残されたのは高1にしては膨らみが足りない胸をさらけ出した女子が一人。

 静まり返った病室。知らないうちに彼女の口の中は乾き、涼しいはずの胸元には冷や汗が浮き出た。
 本来は隠すべき胸を理由もなく出していることがここまで人を心細くさせるものなのか。
 それは誰も見ていなくても変わらない。いや見ていないからこそ、その異常さが強調された。

 優奈は足先の右側にある出入り口をじっと見た。
 もし人が来ても胸を隠す時間はない。確実にこの質素な膨らみを見られる。
 来るのが医師や看護師ならまだいい。だが治療とは無関係な見舞い客が朝っぱらから来ないとも限らない。
 そう。櫻井が登校途中にやってくる可能性もないとは言えなかった。


 恥ずかしさと不安に耐えかねた優奈は全開に開放されている胸元を閉じようとする。
 今の彼女の体調ならほんの少しパジャマを動かし、乳首を隠すことはそれほど苦にしない。
 昨日やったように高木が開けた胸元を勝手に直せばいいだけ。
 ただそれだったが。

(やっぱ駄目。これじゃ今までと同じになってしまう)

 優奈は胸元を閉じることなく手を戻した。
 病院の指示を疑うようなことはしないと決めた矢先に破るわけには行かなかった。
 今は高木が帰ってくるのを待つのみ。

 1分経過、2分経過。
 外に人が通る気配がするたびにビクつきながも時間はゆっくりと確実に進んでいった。


「おまたせしました」
 それから5分ぐらい経つとようやく高木が帰っていた。
 
「おそーーい。こんな恰好の女子を一人にして出ていくなんてひどーーい」
 優奈は心の底からホッとし、冗談っぽく文句を言った。
 確かに羞恥心を無視した無神経な行動には腹は立つ。
 しかしこれは高木に限った話じゃないし、一つ一つ怒っていたらまた昨日までの負の感情の繰り返しになるのは目に見えていたからだ。
 それに……
 
「ははっそれはすみませんでした。でも大人しく待っていてくれて嬉しかったです」
 高木は点滴の器具を交換し、優奈のパジャマの前を閉じる。
 それはこの時間の終了を意味していた。

「本当に気をつけてくださいよ。ぷんぷん」

 実はそれほど怒ってはいなかった。
 あの時の高木はあんなしょーもない雑談をし、人の乳房をジロジロと見ているだけと思っていた。
 だが、実際はしっかりと点滴の落ちるスピードも見ていたのだ。
 そして異常を見つけて素早く器具を交換した。
 ここまで完璧な仕事ぶりを見せられては、文句を言う気持ちにもなかなかなれなかった。

「あ、そうそう。入浴は午後2時ごろなのでその時間になったらまた来ます」
 高木は帰り際に今日の予定を言った。


「わかりました。よろしくお願いします」

 優奈は強い意志を持ってあんなに嫌がっていた入浴補助を高木に頼んだ。
 もちろん、どれだけ信頼度が上がっても裸は見られるのは嫌だった。
 ましてや体中を見られ、洗われる入浴補助をとなれば尚更だ。
 本音を言えば今でも女性の人に変えて欲しいと思う。
 しかし、この病院でそんなことを言うのがどんなに我儘なのか。
 それは常に看護師たちが走りまくっている状態を見ても明らかだった。

(仕方がないよね)
 感情を押し殺し、我慢しそうと思った。 
 それが世話になっている病院スタッフのため。
 そして自分の治療のためにも繋がることを信じて。

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