貧乏劇団の日常

貧乏劇団の日常

 当時の原文そのままです。修正版はpixivにあります

  貧乏劇団の日常----------------------------------------------------------
 とある田舎町の外れに築40年、収容人数200人の小さな劇場があった。
 建物の外壁はあちらこちら剥がれかけ、いかにもオンボロであったが、大手では見られない一風変わった劇が見られる会場として知られていた。

 今日は、そんな劇場を拠点とするローカル劇団の最終公演日。
 空席が目立つ会場に女の子の大きな声が轟く。

「なぜ出場辞退なんですか!!」
 舞台上では黒いレオタードを着たショートヘアの若い女子学生が体操選手の役を演じていた。
 レオタードの上からもハッキリとわかる、ツンと穿り出た若々しい胸や、小ぶりな丸いお尻のラインは、この女の子がまだ大人になりきっていない年頃であることを感じさせた。

 しかし、子供っぽいのは外見だけ。
 女の子はその小さな体からは想像もつかないほどの迫力ある演技を見せていた。

「そんなの男女差別よ~ー」
 女の子のパートナーである30歳近い女性役者が酷い演技を見せる。
 素人が見ても、まともに演技ができているのはヒロイン役の女の子だけ。
 あとの役者は、悉く女の子の足を引っ張るような演技を見せて、数少ない観客から、失望とも呆れとも取れる雰囲気が漂う。

 観客の一人である男子高校生、高木悠人は劇の意味不明な展開に首を傾げる。
 芝居に興味はないが、いつもこの劇団を見に来ていた。
 その理由はただひとつ。
 この舞台の主役でありクラスメートの麻里子に好意を持っていたからだ。
 悠人は麻里子と仲良くなりたいの一心で毎回のように舞台に通い続け、教室で感想を言い続けた。
 最初は警戒していた麻里子もすっかり打ち解け、劇が終れば一緒に帰る関係にまでなった。

 でも告白はしていない。

 男女の関係になることはなくても麻里子の元気な姿が見られて、
楽しく会話が出来るならそれでいいと悠人は思っていた。

「本日のプログラムは終了しました。またのお越しをお待ちしています」

 拍手もなく幕が閉じる。
 眠たそうな顔をした観客たちは次々と会場から出て行く。
 そんな観客の流れを尻目に悠人は会場の裏口に向かった。
 舞台が終われば悠人は裏口で待ち、麻里子と一緒に帰る。
 どちらが言い出したわけでもない自然と決まった2人の約束だった。

「遅いなぁ。なにかあったのか」
 誰もいない裏口で待ちくたびれた悠人がぼやく。
 いつもなら外が真っ暗になる前には出てくるが、今日は午後8時を過ぎてもなかなか現れなかった。

その時、突然裏口が開いた。

「おまたせ。それじゃ帰ろうか」
 セーラー服姿の麻里子が出てくる。
 下はルーズソックス、髪は輝くような黒髪のショートヘア。
 先ほどまで殺気じみた演技をしていたことは思えない普通の女子高校生の姿だった。

「ああ」
 悠人は麻里子を見て、何か違和感を感じた。
 劇が終わった後の麻里子はいつも異様にハイテンションだが今日は違う。
 何やら思いつめたような表情が浮かんでいた。

 帰途につく2人
 しかし、会話は弾まない。
 悠人は思い切って「どうかしたのか」と、麻里子に質問した。

「こんなこと話すことではないんだけど、うちの劇団の経営状態が悪いので創業主から色々な改善案が出ているんだよね。その改善案というのが……その」
 彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら悠人のほうをチラチラと見る。

(可愛い)
 悠人は恥ずかしがる麻里子の表情が異様に可愛く思えた。
 普段はキリッとしている女性が恥ずかしがるとこんなに可愛く見えるものなのかと、しばし見とれてしまう。

「ん。どうしたの? 話、聞いている?」
 悠人が固まっているのを見て麻里子は覗きこむように見つめる。

「い、いや、なんでもない。で、その改善案って麻里子には関係あるのか」

「多少は。でも、このままでは駄目なのも間違いないんだよね。改革は賛成だけど、その内容が女性蔑視といいますか」
 相変わらず、奥歯に物が挟まったような言い方をした。

 悠人は、この話題を続けても彼女を困らすだけだと判断し、
「俺は観客でしかないし、裏事情のことはよくわからん。そんなことより次はもっといいものを見せてくれよ。今日の酷さと言ったら館内にいるネズミも逃げ出すレベルだったぞ」
と、半分冗談交じりに話す。

「酷かったのは分かっているわよ。今に見ていなさい。私はブロードウェイに立つ女よ。こんな劇団1つ建て直せないんじゃ話にならない」
 彼女は悠人の前に立ち、宣言するように将来の夢を語った。
 吹っ切れたのか、先ほどまでの暗い表情はどこにもない。
 明るく自信過剰で、それでいて嫌味ない。
 悠人が好きな、いつもの麻里子だった。

「はははっ。いうねぇ」
 やはり麻里子は可愛い。
 元気いっぱいな彼女の姿を見て、惚れなおす悠人だった。

 

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 一ヶ月後 。とある高等学校。
 悠人はいつものごとく学校に登校し麻里子を探す。

「お、いた。麻里子おはよう。少し聞きたいことがあるんだけど」
「おはよう。で、なに?」

「あの劇団がまた新しい劇を始めるんだって?今回はポスターも見なかったし、やるならやると言ってくれよ」
 悠人は麻里子に向かって小耳に挟んだ次の劇の話をする。

「あー、やっぱ今回も見に来るよね。そうだよね」
 何やら怪訝そうな表情をした麻里子はよくわからないことを言う。

「そりゃ、ここまで付き合ったんだし見逃す手はないよ」
「今回は何回ほど見に来るの?」
「全6回だっけ?。それなら3回ぐらいかな」
「3回…… 私の番に当たる可能性は半分か」
「ん?、半分って何」
「なんでもないわ。今回は少し変わった演出をやるから驚かないでね」
「演出ね。火薬でも爆発させるのか」

「そうならいいんだけどね……」
 見る見るうちに麻里子は不機嫌な表情になっていく。
 彼女がこんな顔を見せる時は機嫌が相当悪くなっている時だった。

「あ、そうだ。パンフレットが残っていたら一枚回してくれないか。いつもは大量に残っているのに今回は何処にもないんだよな」
 強引に話題を変えようと悠人はパンフレットの話をした。
 彼なりの配慮のつもりだったが、

「わた……穿んつ」
 パンフレットの単語を聞いた瞬間、麻里子は静かに顔を上げ、怒りの表情を悠人に向ける。
 そしてぷいっと反対側を向き、何も喋らなくなる。

「ごめん。さよなら」
 逃げるように悠人は彼女から離れて自分の席へと向う。
 麻里子は感情の起伏が激しい女の子だった。
 後には引かないが、一度怒らすと何も喋らなくなる。
 今見せた麻里子の顔は明らかに地雷を踏んだ時の表情だった。

 悠人は肩を落としながら自分の席につき、小さな声でぼやいた
「まったく、何が悪かったのか。さっぱりわからん」


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 会場。初日

「学生一枚、あとパンフレットもください」
 悠人は受付でパンフレットを購入し、いつも座る中央三席目に向かった。
 公演30分前ということもあり会場には殆ど客がいない。
 彼は椅子に座り、先程買ったパンフレットを眺める。
 そして、パンフレットを見ながら、
「なんじゃこりゃ」と、一言つぶやく。

 そのパンフレットは真っ黒な背景に水玉模様の白い大きな布に包まれた物体が写されていた。
 その物体は丸く2つの丘のように中心で割れている。
 最初はなにか認識できなかったが、よくみると白い物体は女物の水玉パンツ。
 割れ目はパンツに密着したお尻。

(ぶっ、モロパンの画像??)
 悠人は思わず吹き出しそうになる。
 それは、パンツに包まれたお尻部分を大きく写した画像だった。
 ただし見えるのは、お尻を半分以上隠したシンプルな水玉パンツだけで、
上半身はおろか、腰すらろくに見えない。
 足も綺麗な太腿の根本までしか写っていないため、全く見えない。
 ただ、お尻部分だけが切り抜かれたように大きく写されている。
 そして、[衝撃の公演迫る]、と意味不明な赤色の煽り文字もでかでかと踊っていた。

「なんだろう。パンツがキーワードになる話なんだろうか」
 独り言を言いながら悠人はパンツに隠れているお尻をまじまじと見る。
 パンツの布地にピタリと張り付いているお尻は平均より小さめに思えた。
 汗を吸い込んでいているのか、その布地は肌にピタリと貼りつき、お尻の丸みライン、谷間の形をハッキリと示している。

(なんか運動直後の下半身。盗撮っぽく見せた写真だな。パンツがよじれて右の尻たぶが剥きだしになっているところとか如何にも着替え中って感じだし)
 彼がもっとも注目したのは、いやらしく布地からはみ出している尻たぶ。
 その尻たぶは若々しい盛りあがりを見せながら、染み一つないぬけるような肌色。
 このお尻の有様は、下着のモデルが若い女の子であることを強く感じさせた。

(それにしても、わざわざ下着モデルを雇ってまで、モロパンのパンフレットを作るかね。これじゃ、麻里子が不機嫌になるわけだ。同じ女性としてゆるせないとか言って暴れた姿が目に浮かぶわ)
 軽く笑みを浮かべながら、パンフレットをカバンにしまう。
 カバンのチャックを閉めて床に置こうとしたその時、悠人は、ある可能性を、思いつく。
 それは決してあってはならないこと。どうしようもなく馬鹿げた考え。
ありえないと思いつつも一度思いついた懸念はみるみるうちに広がっていった。

(同じ女性として? 若い女の子、同じ…… まさか)
 カバンを持つ手が震える。
 悠人は疑念を払拭しようと、カバンを開き、再度パンフレットを確認しようとするが

突然、照明が消える。


「長らくお待たせしました。只今より開幕します」
 大きなアナウンスが聞こえ、周りは暗闇に包まれた。

「ふう、やっぱそんなこと無いな。やめやめ」
 カバンを床に置き、悠人は舞台上を視線を移す。
 そして、先程の疑惑は忘れることにした。
 いくら考えても答えは出ないし、麻里子に聞いても怒すだけだろう。
 この劇団のことはあまり触れない。あくまで観客として接する。
 麻里子との付き合い方を決めている彼らしい考えだった。

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 今回の劇は完全オリジナルのイジメ物語。
 舞台上ではイジメ役の男性とイジメられ役の女性が劇を進めていた。

「そうだ。ここが地獄の一丁目だ」
 イジメ役の男がよくわからないセリフを言う。

(しかし相変わらずつまらんな)
 麻里子が言った変わったことをやる言葉に悠人は期待していたが、内容のつまらなさはいつもと何も変わっていなかった。

ビターン。

 ミニスカートを履いた20代前半のイジメられ役が転ぶ。
 転んだのはもちろん演技でありハプニングでもなんでもない。
 だが、転んだ時にスカートが一瞬捲れあがり真っ白なお尻が見えた気がした。
 役者は急いでスカートを直しながら倒れたままの演技を続ける。

 数少ない観客から「え?」と驚きの声が漏れた。
 話の展開そのものはよくある内容であり、驚くことは何もないんだが、
一瞬見えた真っ白なお尻に観客の動揺は収まらない。

 お尻?
 悠人は身を乗り出して、いじめられっ子役の女性に注目する。
 役の女性は未だに倒れたままだ。スカートの中はもちろん見えない。

「このノロマなクズめ」
 イジメ役の男が倒れた女性の手を引っ張り強引に立たせる。
 女性が立ち上がろうと足に力を入れ、足を開いたその瞬間、女のスカートが捲れあがり、お尻と太ももの境界まで露出する。

 ここまで来て観客は今の状況を理解した。
 あの女はパンツをつけていない。よく見ればブラもつけていないように見える。

ざわざわざわ

 観客はざわめき、一斉にいじめられっ子役のスカートに視線が集中した。
 観客の異様な視線を感じたのか女の頬がポッと紅くなり動きが硬くなる。
 ただ歩いているシーンでも手でスカートを抑え辿々しい。
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「あなた達。何やっているの」
 古風なセーラー服。妙なミニスカートを穿いた麻里子が、ダイナミックな動きをしながら登場する。
 演出意図はさっぱり分からないが凄いオーバーアクション。
 飛んで撥ねて体中を使いながら表現していく。

「イジメなんて、私がゆるしません」
 なぜか逆立ち。足をピンと上に伸ばすと麻里子のスカートがふわっと捲れる。
 スラリとした太股が剥きだしになり、悠人は麻里子も履いていないんじゃと一瞬ドキっとするが、捲れて現れたものは短めの青スパッツ。


「私は神に選ばれた女よ。貴方がやれというならこんなことだって出来るわよ」
 麻里子は正面にいる主人役の方を向き、客席に背を向けた状態で四つん這いの演技をする。
 足は肩幅まで開き、膝も伸ばした状態での四つん這い。
 足を開いているためバランスが悪いはずだが微動だにしない。
 彼女らしい見事な身体能力だったが、当然のごとく客席からはスカートの中が丸見えになる。

「ほほう」
 観客から感心したような声が上がる。
 それは彼女の身体能力への感心か。
 それともスパッツ越しとは言え太股から臀部のラインまで手に取るようにわかる、彼女の下半身への感心なのか。

(この役じゃノーパンなんてありえないわな)
 悠人は見てはいけないと思いつつ麻里子のスカートの中を見続ける。
 スパッツがあるとはいえ観客にスカートの中を覗かせるこのポーズはかなり卑猥な感じがした

「これがお前の覚悟か。大したやつだ」
 主人役の男は相変わらず酷い棒読み演技を見せるが、もう劇のことは頭に入らない。
 最初のノーパン女優と麻里子の四つん這い姿が悠人の脳裏から離れなかった。
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裏口

「今日の劇はなんなんだ?」
 悠人は麻里子に質問した。

「わかったから落ち着いて。あれは創立者が考えた改革案の一つなの。前も言ったでしょ。演出が変わるって」
 やや興奮している悠人を落ち着かせるように麻里子は語った。

「ごめん。で、麻里子はあれに賛成したのか?」
「するわけないじゃない。でも他の女子は我慢すると言ってるのに自分だけ逃げるわけいかないの」
「いかないってもしかして麻里子もあれをやるのか」
「そのあたりは創立者の考えなのでなんとも。でも仮に指名されても私は拒否出来ないし、しないと思う」
「本当にそれでいいのかよ。ノーパンだぞ。麻里子のアソコが皆に見られるんだぞ」

 その言葉を聞いた麻里子はスカートの前をサッと手で隠しながら、
「い、いやらしいわね。ノーパンと言っても前貼りしているから危ない部分は見られないわよ」
と、少し怒ったような声を出す。


「あれ前貼りしているのか。全然わからなかったぞ」
「そりゃそうよ。特製だもん」
 なぜか自慢げに麻里子は答えた。

「あそこまでテープがわからないってことは下の毛を剃って前の割れ目部分を小さい前貼りで隠しているだけなんじゃ…」

「なななっ」
 悠人の指摘に麻里子は顔を真っ赤にしながら、手を振り回し動揺する。
 どうやら図星のようだ。

「エッチスケベ、もう先に帰る。付いてこないで」
 逃げるように麻里子は去っていく。
 相当な早歩きをしているかあっという間に悠人の視界からいなくなった。

 悠人はそんな麻里子を見ながら1つため息をつく。
「はぁ。そんなに恥ずかしいなら、きちんと拒否しろよ」
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 悠人は2回目の公演も見に行った。
 いくら彼女のためとはいえ普段は連続で見に来ることはない。
 なぜ今回に限って来たのか。
 それはもちろん麻里子のエッチな姿を見られるかもの期待。
 麻里子に悪いという気持ちもあったが、見たい気持ちに嘘がつけない。それに麻里子も見に来ないでとは最後まで言わなかった。
 つまり彼女にも恥ずかしい姿を見てほしい願望があるのではないのか。
 彼はそんな自分勝手なことを考えていた。

 淡々と劇は進行していく。

「ひっく。私を虐めて何が楽しいのよぉ」
 いじめられっ子役の女性が走る。

(前回は次の転ぶシーンでお尻が見えたんだよな)

ビターン。

 女性が転ぶ。
 前の公演を見ていた人達なのか、一部の観客は立ち上がり、捲れあがるスカートに注目するが、見えたのはただのショートズボン。

「違ったか」
 落胆の空気が観客内を覆う。

 結局、その日のノーパン役者は30代後半の教師役の女だった。
 大して動かない役のためスカートの中が見えたりはしなかったが、その女性がやたら恥ずかしがり屋でスカートを毎回抑えながら演技するので、
その動作の可愛さに観客は無意味に盛り上がり、この日の公演は終わった
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 悠人は休むことなく通い続けた。
 この企画は好評らしく回を重ねるごとに観客の数は増えていった。
 40代前半の普通の主婦にしか見えない女性までパンツを履かずに頑張っている姿に観客は笑い、役者はテレた表情を見せる。 
 いつしか妙に雰囲気がいい一体感がある舞台になっていた。

 良くなったのは雰囲気だけではない。
 悠人は通うにつれて役者の演技の質が変わっているような感じがした。
 最初はノーパン演技はしたくないという恐怖心かと思ったがそうではない。
 ノーパンをやりきった役者が次から生き生きとした演技しているのだ。
 まさに一皮むけた吹っ切れた演技。
 ここの創立者が何を考えて、これをやらせたかはわからない。
 わからないが肌を晒すことによって彼女らが変わったのは事実。

(もしかして、ここの創立者は切れ者なんじゃ)
 麻里子いわく昔は凄い役者だったらしいが悠人は詳しく知らない。
 ただ、あのプライドの高い麻里子がこんなノーパン劇なんてやられてもついていくのだから、相当な曲者であることは予想できた。
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 最終日。会場
「いよいよ最期だ」
 悠人は期待を膨らませながら席に座った。
 結局、麻里子が脱ぐ事無く、最後の舞台まで来てしまった。
 もし、これが本当に操業主によるトレーニングだとすれば、麻里子が脱ぐ可能性は殆ど無い。
 なぜなら麻里子の演技は完璧で、こんな乱暴なトレーニングをする必要なんて無いからだ。
 だが、トレーニングではなく、ただ観客を集める材料として劇団員の裸を売り物にしているとすれば?
 操業主は最後の最後に花形スターである麻里子を脱がし、劇団の宣伝に利用するだろう。

(そもそも、なぜあの役なんだ)
 悠人は、麻里子の飛んで、撥ねて、四つん這いになる今回の役が引っかかっていた。
 他の役者はあんなに動かない。
 だから、ノーパンでやっても、たまにお尻がチラリと見えるだけだ。
 前は前貼りがしているので、下から覗きこまなければ、何も見えない。
 だが、麻里子の役は違う。ひたすら動いたあげく、足を大きく開き、客席にお尻を突き出す。
 まるで麻里子の下半身を、客席に晒すためような動きだった。
 もし、本当に麻里子がノーパンで出てくれば……

 悠人は、会場を見渡す。
 普段は何もない右端のスペースに大きなカメラが置かれており、劇団関係者らしき人が、なにやら準備をしていた。
 客入りは5割ぐらい。会場の収容人数は200人だから100人ぐらいの客が入っている。
 比率こそ男性が多いが女性の姿も多い。
 これだけの客の中で、麻里子が体を開き、その柔肌を晒す。
 片思いとはいえ、愛する人の恥ずかしい部分を見られる期待。
 そして、他人にも見られる悔しさと背徳感。
 複雑な思いが渦巻く中、会場が暗闇に覆われる。

「長らくお待たせしました。開始します」

 劇はこれまでとなんの変化も無く進んだ。
 ここまでノーパン役者はいない。

 劇中盤。
 ついに麻里子が出てくるシーンがやってくる。

「イジメはやめなさい」
 いつものミニスカートを履いた麻里子が舞台に登場。

(ここで無意味な逆立ち一回転があるはず)
 生唾を飲み込み麻里子に注目する悠人。
 彼女が舞台に端から走ってくる。
 そして、舞台中央で止まり逆立ち。
 空中で足を止めて回る動作へと動く。

 逆さになった瞬間、スカートが捲れる。
 チラリと覗き見える眩しい丸味を帯びたお尻。
 悠人は、その真っ白なお尻を見て思わず「あっ」と声を上げた。

 逆立ちを終えた麻里子は、普段と同じように演技を続ける。
 表情に変化はない。いつもと変わらない動き。
 実際にスカートが捲れたのは一瞬だけ。当然、お尻が晒されたのも一瞬。
 しかし、観客にとって今回ノーパン役者が麻里子だということを知らしめるのには十分な時間だった

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 観客がぼそぼそと小声を言い合う
「今日はポスターの子か。可愛いじゃないのか」
「綺麗なお尻していたよな」
「下の毛は見えなかったけど剃っているのかな。動きが早くてよくわからん」

 麻里子は、大きくジャンプする。
 空中でスカートが捲れ、丸味を帯びたお尻がはっきりと見える。
 女性らしいフワッとした柔らかそうなお尻。
 しかし、前は見えない。前貼りが何とか止めているのか、肌色しか確認できない。

 顔こそ羞恥で赤く染まっているが、麻里子の演技はいつもどおりだった。
 ジャンプ中にお尻が丸見えになっても手で隠したりもしない。
 観客席からスカートの中が見えそうな位置での演技も堂々とこなす。
 だが、麻里子の起伏の激しさをずっと見ていた悠人はわかる。
 その赤い顔に隠された怒りと屈辱感が。

 劇団と、どんなやり取りがあって、お尻を晒すことになったかはわからないが、今でも彼女が納得していないのは間違いなかった。

「なら見せてもらおう」
 主人役の男が麻里子に向かって言うと会場は突然静まりかえる。

(あ、次は四つん這いのシーンだ)
 ノーパンのまま四つん這いをし、客席にお尻を向ける体位をすればどんな光景が見られるのか。
 観客の視線が一斉に麻里子に向けられる。
 悠人も生唾を飲み込み、神妙な面持ちで次のシーンに注目した。

 舞台の中央で麻里子は立ち止まる。
 流石の彼女も明らかに顔色が悪くなっていた。
 次に自分がやらなくてはいえないことに、恐怖を感じているような表情。
 一度唇を噛み締め、覚悟が決まったのかバッと手を広げる。

「私は神に選ばれた女よ!! 貴方がやれというならこんなことだって出来るわよ!!!」
 過去5回と同じ台詞なのに、今回のそれは魂がこもった声に聞こえた。
 そして彼女は客席に背を向け、膝をつき、足を肩幅まで開き、両手を床についた。

 しかし、なかなか膝を伸ばすことができない。
 スカートは客席からの視線を辛うじて隠しているが、このまま、お尻を上にかかげれば、彼女の局部が公開されるのもまた間違いなかった。

 覚悟を決めたのか、ゆっくりと、本当にゆっくりと足が立たされていく。
 お尻がせり上がるようにかかげられ、スカートの中がさらされる。

 そして麻里子のお尻が丸見えになった。
 なんとも言えない雰囲気が会場を覆う。

(ごくん)
 悠人はもう一度生唾を飲み込み、その様子を冷静に観察していた。
 麻里子のひきしまった足先から太股へかけて、視線を這わせていく。
 なめるような視線はやがて麻里子の股へと到達する。
 前貼りは予想通り小さかったが彼女の女と言える部分は見えない。
 だが、そのすぐ上に決して晒されてはいけないモノが露出していた。
 その薄ピンク色の器官はまるで息づいているようにピクピクと震えている。
 そう。お尻の穴が丸見えだった。

 悠人は思わず顔を手で隠し、手の指の隙間から見ながら言う。
「あのバカ。割れ目を隠すことばかり考えすぎてお尻を隠すことを完全に忘れてる」

 確かに前貼り部分は全く見えない。
 毛の痕跡すら無く、彼女が相当時間を掛けて手入れをし、隠したのが分かる。

 でもお尻は素のまま。
 足を大きく開き、膝立て四つん這いのバランスを取るため臀部に力を入れる。
 普段なら何も問題がない教科書的な動作。
 しかしノーパンの状態でやれば結果として、お尻を開き、肛門を露出させる動作であった。

 麻里子の全身は火のように真っ赤になってなり、きつく閉じられた瞼の端から、僅かに涙が流れる。
 隠しているつもりとはいえ、下半身丸出しの恥ずかしさに、彼女は両足の筋を張りつめ震えていた。

「うわ、すげー」
 客席からは男性客の歓声と、どよめき。

「なにあの子。あんなことして女として恥ずかしくないの」
 一部の女性客は、まるで汚いモノを見るような視線。

カシャカシャカシャ

 劇団関係者らしきカメラのフラッシュが連続で光る。
 シャッター音に反応するかのように彼女のお尻は厭らしいくねりを見せた。

(綺麗だ)
 悠人はむき出しになった麻里子の穴を見続けた。
 お尻の穴は排泄物を出す穴でしかない。
 自分自身のものですら見ることはない器官
 しかし、悠人にはそれが神秘的に見えた。


「これがオマエーの覚悟か。大したやつだー」
 主人役の男はいつもより早口でセリフを言う。
 少しでもお尻を晒している時間を短くする配慮だったのかもしれない。

 麻里子はスタッと立ち上がる。
 そして目尻に溜まった涙を右手でサッと拭き、

「これが私。私の生き様よ」
と、観客席に向かって高々と宣言した。
 それは役の上の台詞であったが、
 今の麻里子自身の心情をそのまま表した言葉にも聞こえた。


 いつも麻里子が楽しそうに語るスターの夢。
 夢のためだったら、どんなに辛いことや、理不尽な練習にも堪えるとも言ってた。
 今回の劇を見て、悠人は初めて彼女が生きる世界の一角に触れた気がした。
 それは、あまりに残酷で美しい、麻里子の姿だった。
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エピローグ
劇終了後、会場裏口。

 悠人と麻里子は恥ずかしそうにお互いの顔を見ていた。
 どちらも何を言っていいのかわからない。

「へへ、なんだかてれるね。き、今日の舞台はどうだった」
 麻里子が語りだす。
 なるべく普段と同じように話そうとしているのが伝わる話し方だった。

 その言葉を聞いた悠人は真剣な表情で、
「綺麗だったよ」と力強く言う。

「何が?」
「お尻。穴も奇麗だった」

「あ、あな!? ななな、何考えているのよ」
 穴と聞いてゆでダコのように顔を赤くする麻里子。
 自分があの時にどんな醜態を晒していたのかようやく理解したようだった。

「本気なんだ。顔もお尻も演技もすごく綺麗だった」
 パニっくる麻里子を全く気にせず悠人は真剣に語り続ける
 この意見だけ譲れない。悠人が初めて見せた本気の感想だった。

 そんな彼の真剣な眼差しに麻里子はフッと笑う。  

「もう、そんな真面目な顔をされたら怒るに怒れないじゃない」
 あっさりと普段と同じ雰囲気に戻る。
 それはこの試練を二人が超えたことを意味していた。

「ところでさ。またこんな企画はやらないのか。今度は全裸とか」
「ははっ。いくらなんでも全裸劇をやるわけ無いでしょ。ゆうはエッチなことばかり考えすぎ」

 決して恋仲になることはないと思われた2人。
 今回の騒動は、その動かないはずの2人の関係を、少しだけ進展させることになった。
[完]
天狗のいけにえ<新装版>