逮捕された姉 07話

07 検査姿勢


 翌日 朝6時。拘置所

 塀に閉ざされた建物に、起床のサイレンが鳴り響く。
 姉は眠い目を擦りながら起き上がり、辺りを見渡す。
 視界を遮るものが何もないむき出しの和式トイレと洗面台。
 入り口にはまるで動物園の檻を思わす冷たい鉄格子。

「まったく。いつまでここにいればいいのかしら」

 独り言をいいながら軽くため息を付いた姉はムクっと起き上がり手早く布団を畳む。
 そしていつものごとく洗面台で顔を洗う。
 点呼前の準備を手慣れた手つきで終えた姉はまた一つため息を付いた。

ーーーこんな生活に慣れてもなんの意味もないのに

 起床は6時。顔を洗うのは最大10秒まで。
 彼女はしらずしらずのうちにそれら厳しい規則を完璧に覚えていた。
 別に意識して覚えたのではない。
 しかし一ヶ月もいれば自然と身体が反応し決められた時間内で終わらす事が出来た。

 点呼と叫ぶ女性刑務官の声が聞こえる。
 その声を聞いた姉は急いで入り口の前まで行き正座をした。
 女性刑務官の声が隣の部屋に響く。

 次はいよいよ姉の番。
 彼女はこの瞬間が大嫌いだった。何も悪いことをしていない人間を番号で呼ぶ。
 お前は物だと言わんばかりに。
 いくら同姓同名の呼び間違いを防ぐための処置と説明されても、こんな扱いされて納得できるはずもなかった。

 40歳前後の女性刑務官が鉄格子の向こう側に立つ。
「4番」
 女の大きな声が響き渡る。
「よ、4番。異常ありません」
 いくら嫌で納得できないと言っても、規則には逆らえない。
 惨めに思いながらも姉は屈辱的な自分の囚人番号を大声で言う。
 そして手の平を床につけ頭を下げた。

「4番。検査姿勢」
 女は冷たい声で命令する。
 その声を聞き、姉は思わず顔を上げた。
 これは不定期に行われる裸体検査。理由は必要ない。たた相手がやりたいと思えば命じることができる。
 刑務官の理不尽な対応に怒りを感じた姉は正座をしたままじっと女を睨み続けた。

「聞こえなかったのですか。早く脱ぎなさい」
 反抗心むき出しで睨む姉をあざ笑うように女は再び脱衣を命じた。

「……はい」
 刑務官相手に反論は許されない。
 姉はしぶしぶ立ち上がる。
 今一度、刑務官を睨みつけ、そしてゆっくりとグレー色のジャージを脱いだ。
 ブラは禁止されているため、ジャージを脱ぐだけで姉の真っ白な上半身はむき出しになる。
 顔をやや赤らめながら手を頭に後ろに回す。
 今の彼女の上半身には衣服がなく、本来は隠すべき乳房を覆うものは何もない。
 上半身裸。普通なら決して人前では見せない姿。
 そんな姿を命令一つで見せなくてはいけない。
 それは刑が確定していない被告人の立場である姉も例外ではなかった。

「くっ」
 朝っぱらから赤の他人に胸を見せることになり姉は悔しさで唇を噛み締める。
 彼女はこの歳になるまで男と付き合ったことがなかった。
 別に男が嫌いというわけでもなかったが、付き合うなら結婚を前提にと考える古いタイプの人間だった。
 そんな考えでこれまで生きてきたのに、今は見も知らずの他人に胸をさらけ出している。
 
 女性刑務官はそんな姉の心境も考えずにジロジロと遠慮無く、柔らかな曲線を描く乳房を眺める。
 彼女の乳房はおわん形をしていた。
 19歳の女性としては平均的な大きさに入る。
 ジャンキーが多い薬物専用の拘置所には、あまりに似合わない儚げなで清らかな乳房だった。

「ふふ、可愛いわね。合格よ。服を戻してよし」

 女性刑務官はどこか小馬鹿にした表情をしながら着衣の許可を出した。
 姉は急いで脱いだシャツを掴み袖を通す。

 点呼が終わり、女性刑務官は次の牢へと移動する。
 足音が遠ざかっていく。
 拘置所に暮らすものにとって、点呼から食事が運ばれて来るまでの時間は、非常に忙しかった。

「次は……」

 姉は部屋の奥にあるむき出しの和式便器を見た。
 どんなに嫌でも人間はトイレに行かなくてはいけない。
 たとえそのトイレに敷居がなく、廊下から丸見えでも。

 姉は暗い顔をしながら、便器をまたぐ。
 決められた方向。壁に背を向けながらをズボンとパンツを降ろし腰を落とす。
 この便座には前を隠す便器前部の出っ張り部分がない。
 つまり廊下から見れば姉の陰毛はおろか股間から流れる尿まで確認できる構造だった。

「ああ」
 嫌がる姉の意志とは裏腹に尿が勢い良く流れ始めた。
 感覚的には長く、実際にはほんの数秒のトイレタイムが終わる。

 姉は急いで白いパンツとズボンを上げ、素早く便座から離れた。
 そして部屋の中央付近の床に手を付けて、心を落ち着かせようとした。

「ハァハァ」
 人にいつ見られるかわからない排尿行為は、姉の心に多大な負荷をかけていた。
 胸を右手で抑えながら、彼女は出入り口の天井端を見る。
 そこには隠す気もない黒光りした監視カメラ。
 カメラの冷たいレンズは斜め下を向けられており、部屋全体をカバーしているように思えた。
 結局のところ、たとえ廊下に人が通らなくても、カメラ越しに恥ずかしい姿を見られている可能性は非常に高かった。

「こ、こんなもん見て、何が楽しいのよ」
 顔を赤くしながら姉はカメラに向かって独り言をつぶやく。
 その言葉はとても小さかったが、怨みがこもった心の叫び声だった。
 
クリムゾン全集 ファンタジー編