準備室
姉の移送を終えた男性刑務官と喜美刑務官は後片付けを始めた。
男は先ほど広げた姉の書類を片付け、喜美は腰縄ロープを小さく纏めようと手を動かす。
「やはりこんなのおかしい。あんな子を裸にするなんて」
先ほどまで姉を縛っていたロープを見ながら喜美はつぶやく。
規則に乗っ取り、決められた手順を踏んだだけだというのに、喜美の心は何とも言えない罪悪感を感じていた。
喜美が刑務官としてここで仕事をするようになってからはや数ヶ月。
人を縛ることも、赤の他人の裸を見ることにも慣れたつもりだった。
自分はプロの刑務官としてやっていける。
そう自信を付けてきた矢先に姉こと4番が現れた。
喜美は4番に妙な違和感を感じながらも手錠を掛けた。
ガチャのいう手錠音を聞いた時、自分がとんでもない間違いを犯している感じがした。
根拠は全くない。それは女の直感のようなものだった。
そして、その直感は4番の裸を見た時に疑念へと変わる。
顔を真っ赤に染めながらも、指示通りに全裸のまま直立する4番の姿は、あまりに場違いな感じがした。
今まで見てきた犯罪者の裸とは全く違う、平凡でその辺にいくらでもいる一般人の裸。
犯罪とは無縁の汚れなき裸。どう考えてもこんな薬物専用拘置所に来るような女性には見えなかった。
「なに、不満そうな顔しているんだよ。お前さ。新人だから仕方がないけど感情を表に出しすぎだ。常に冷静に対応しないとあかんぞ」
ブツブツと独り言を呟きながら片付けする喜美を見て、男が呆れたように話した。
「わかっていますけど、あの4番の姿を見ているとどうしても犯罪者には見えないんですよね。他の囚人とはあまりに違いますし。先輩はどう思います?」
喜美は自分の疑念を男にぶつけてみた。
何十年もこの仕事をしてきた先輩ならこの疑念に答えてくれると信じて。
「どうっていい身体しているなと思うぐらいだ。特に胸の形とか最高だったよな。やっぱ大学生は肌の艶から違うわ」
男はからかい半分の真剣さが欠片も感じられない口調で答える。
「いや、そうじゃなくて犯罪者に見えます?」
先輩のセクハラじみた発言にむっとしながらも喜美は冷静に聞き返す。
「薬物は知らんが、あの身体に男のものが入っていないのはわかるぞ。ほら身分帳の医学所見の欄に腟口中央、環状処女膜と書いてあるし」
相変わらず適当な受け答え。
それもそのはず。4番の裸を見て悩んている喜美とは違い、男は上機嫌だった。
基本的に男性刑務官は女牢ブロックに入ることは許されていない。
普段は合うことすらない。
雄一の例外は出入り口があり、警備上の観念から男の力が必要とされるこの外部ブロックだけだった。
つまり男性刑務官にとってこの準備室は合法的に様々な女の裸が見られる気晴らしの場所でしかなかった。
「か、環状って先輩。ふざけないでください。私は真面目なんですよ」
怒りを隠さず喜美が文句を言う。
喜美は思う。
なぜ処女膜の形なんか調べてあるんだと。
犯罪捜査において、容疑者の性生活の内容が重要なのはわかる。
これまで経験した人数は何人か。最期の性行為はいつか。
逮捕されれば、そういったことが根掘り葉掘り調べられる。
でもだからと言って関係者なら誰もが閲覧できる身分帳に処女膜の種類を書く必要がどこにあるのか。
それは捜査とは関係なく、ただ単純に女の体の秘密を知りたい男のいやらしい考えではないのか。
いくら男性社会で女性の人権意識が低いお役所とは言えあまりに酷い扱いだった。
「おっと失礼。じゃ真面目な話、これだけは覚えておけ。仮に4番が冤罪だとしても刑務官に出来ることは何もない。この人物が白だと分かっていてもやることは同じだ。手錠を掛け、腰縄を付け、検査と称して全裸を強要し、肛門にガラス棒を突っ込むのが我々の仕事だ」
喜美が本気なのをようやく察した男は一転して真面目な顔つきで話す。
それは長年刑務官を努めてきたベテランだからこそ言える重みのある言葉だった。
「それはわかっています。わかっていますけど」
数多くの規則や検査は罰を与えるために行われているものではない。
収監された人物を守るためのもの。喜美もその必要性は理解しているつもりだった。
「お前にも今にわかるさ。いくら同情しても相手はそう思わない。あいつらにとって我々は鬼にしか見えていない。お前だって裸にされて2本指検査をやられる辛さはしっているだろ」
男はどこかいやらしい視線を喜美に向けながら話す。
「……」
2本指検査と言われて喜美は言葉を詰まらせた。
研修の時に体験した身体検査の記憶が頭をよぎる。
それは二本の指を膣に入れられ、女のものを調べられた恥辱の記憶。
「4番を白と思うのは勝手だけど、仕事だけはきちんとしろよ。毎日の全裸検査。定期的な肛門チェック。あと二本指検査もな。手を抜いているのがバレると立場が悪くなるぞ。お前だって再研修は受けたくないだろ」
真面目な顔をしながら釘を刺す男性刑務官
男の助言に喜美は静かに頷く。
再研修が嫌なら私情を挟まず仕事をしろ。
男のいうことは何一つ間違っていなかった。
しかし喜美は自分にそれが出来るのだろうかと思った。
あの真面目な大学生にしか見えない4番に脱衣を命じて下半身を調べるなんて行為が。
「はぁ……」
喜美の口からため息が一つ、零れ落ちた。
夕方になれば4番は戻ってくる。
つまりどんなに嫌でも夕方になれば4番の身体検査をやらなくてはならなかった。