翌日
綾瀬は鈴木が撮った4番の検査時の写真を見せながら編集長に自分の考えを伝えた。
あの拘置所で行われている人権無視の身体検査のこと。
取材した4番は薬物所持で逮捕された女子大学生であること。
そして4番は冤罪を訴えて助けを求めていること。
自分の思っていることを全て編集長にぶつけた。
「話はわかった。で、お前は何がしたいんだ」
「私は彼女のあの目を信じてあげたい。無罪を証明したいです。そして二度と冤罪の女性が泣くことがないようにあの拘置所のシステムを変えたい」
普通ならそんなレベルの話で編集長が動くはずがない。突き返されて終わりだ。
だが綾瀬には強い武器があった。それは4番が断腸の思いで写させた全裸検査写真。
この写真が持つ意味は分かってくれるはず
「無実の女子大学生ねぇ。確かに事実ならスクープだが勝算はあるのか?」
編集長は机の上に置かれた一枚の写真を見る。
知的そうな女性が悔しさを顔にあらわしながら美しい乳房を晒し、直立不動をさせられる姿は男心をくすぐるものがあった。
「まだわかりません」
誤魔化すこと無く素直に答えた。
実際に4番が冤罪である根拠は何一つ無かった。
改善すべきと思う拘置所のシステムもただの感情論にすぎない。
どちらも綾瀬がそう思うからやりたい。ただそれだけの理由だった
「なら今回の連載中に事件の白黒をつけてみろ」
綾瀬の決意に負けたのか編集長はやや投げやりに言った。
「やってもいいのですか」
「ただしこの拘置所取材の立案者は鈴木だ。鈴木が予定している取材企画もきちんと全部やること。これが条件だ」
「わかりました」
鈴木との話の合わなさは前回でよくわかっている。あれは信用に値しない男だ
何をやらされるのかもわかったもんじゃない。
それでも4番の事件を調べるためには鈴木の協力が必要であることも彼女は理解していた。
「あと初回の記事にヌードは使うなよ。この写真にしろ」
編集長が指定したのは後ろ姿で検査を受ける四番の写真。
後ろ髪や裸の肩こそ写っているが、顔はもちろん乳房もお尻もまったく写っていない。
「わかっています。冤罪の可能性がある女性のヌードなんて公開は出来ませんしね」
意外な編集長の心遣いに綾瀬は感心した。
4番は事件の注目を集めるために検査シーンを撮らせたが、そんなもん使わないことに越したことはない。
たとえ冤罪を勝ち取っても、一度公開された画像はネットの世界で永遠に流れ続け、4番の人生を苦しめることはわかりきっていたからだ。
「何を言ってるんだバカ。今公開しても犯罪者の裸でしか無く、大した価値がないと言ってるんだよ」
編集長は呆れたような声を出す。
「今って……まさか」
つまり編集長は4番を悲劇ヒロインとして売り出すつもりなのだ。
冤罪の可能性が高まった段階で裸体検査写真を公開すればインパクトは何倍にもなり、雜誌の注目度も桁違いになる。それを期待して調査の許可を出したのだと。
「初回は裸体写真を使わず、読者の想像を煽る記事を書け。この女がどんな人物なのか。彼氏はいたのか。検査時に履いていた下着の色はなんなのか。女のプライバシーを細かく書くのだ」
「そっ……」
綾瀬は『そんなの酷すぎる』と言いかける。
だが、口にはしなかった。編集長の言い分も十分理解できたからだ。
これはビジネスの世界なのだ。世間が興味を持つネタを提供し、雜誌が売れなければ何も始まらない。
それがわかっているからこそ4番も全裸検査シーンを写させたのだ。
「こんなことわざわざ言うことではないが一応忠告しておくぞ。取材に個人的な感情を持つなよ。後で辛くなるのはお前だぞ」
編集長はそう言いながら机の上に広げられた4番の写真から一枚を選び、綾瀬に向けた。
「……!?」
綾瀬は見せられた写真を見て、思わず生唾を飲み込む。
それは肛門がぱっくりと大きな穴を開けているところをアップで撮られた写真だった。
目を引くのは開いた肛門だけではない。その下にある半開きの割れ目に至っては、愛液らしい液体まで流れだしていた。
そう。これはガラス棒を引き抜かれた瞬間を捕らえた写真。
まさに女が受けるガラス棒検査の悲惨さを全て表した写真であり、男がもっともエロスを感じるであろう写真でもあった。
「また姉の弟に会ってこようと思います。弟に今日のことを伝えないといけませんし」
綾瀬は写真から逃げるように、この場を立ち去る。
編集長が何を言いたくてあの写真を見せたのか、彼女にはわからなかった。
もし冤罪でなければ、薬物に溺れた女子大学生の末路とか言ってこの写真を載せるといいたかったのか。それとも他に意図があったのか。
どちらにしても綾瀬の考えは変わらない。
これは入社して、初めて与えられたまともな仕事。
浮気調査なんかではない本当の事件。
彼女はやる気に満ち溢れた顔を見せながら出版社を後にした。