逮捕された姉 14話

14話 適応力

 あれから一週間が経った。
 その間、いくら待っても姉のもとには誰も面会に現れなかった。
 来ないのは弟だけではない。身を切る覚悟で全裸身体検査の取材をさせた女性ルポライターもあれっきり接触してこないのだ。  
 
 姉は部屋の中央で立ち尽くし、床の畳をじっと見る。
 あのルポライターに掛けた選択は大失敗だったのではないかの思いが頭を過る。


(いえ、違う。間違ったのはあそこではない。もっと前。最初から間違っていた)

 そう。彼女はやることなすことが裏目に出てこんなところまで来てしまった。
 薬が校内に広まっていると聞いた時点でもっと警戒すべきだったのだ。
 あの段階ですでに何者かのタレコミによりマークされていたのにそれを軽く見てしまった。
 薬なんてあまりに縁遠く関係ない問題だと思い込んだのも大間違いだったのかもしれない。

 状況判断の甘さ。それは姉のロッカーから薬が出てきた瞬間に思い知らされた。
 気がつけば薬を売ろうとしてたなんていう証言まで集められており、もう逮捕は秒読みの段階まで追い詰められていた。

 彼女は最後の手段とばかりに任意同行や任意の薬物検査をすべて断り犯人探しをすることにした。
 だが、これもまた間違いだった。
 今思えば、姉自身も混乱していたのかもしれない。
 中学時代からの親友から聞いた「任意同行はその場で逮捕になる場合が多い」「薬物検査は人に見られながらオシッコをコップに入れる」の話も冷静な判断力を失わせた。

 そんな目にあったらたまらないとばかりに大学内で聞き込みをしまくった。
 付き合ってくれと言ってきた男。喧嘩した女友達。セクハラっぽいことをされたことがあるエロ教師。
 調べれば調べるほどみんな怪しく思えた。
 そしてなんの成果もないまま時間切れとなり、姉は逮捕された。

 
(ははっやっぱ私は馬鹿ね。結局あの大学内を調べた調査期間は薬を抜くための時間稼ぎ扱いにされたし本当に大馬鹿)
 
 姉は全裸姿にもかかわらず自虐的な笑みを浮かべた。
 子供の頃から周りから頭が切れると言われ続けた結果がこれだ。
 なんていう自惚れだったのだろうか。


「4番。全裸検査中は俯かず前をしっかり見ること」

 女性刑務官のカミナリが落ちる。
 気持ちを誤魔化すために思考を別に飛ばしていたがあっさりとバレたようだ。
 ここは独房。目の前の人物は朝食が終わるのを待っていたかのように現れた気が強そうな女性のベテラン刑務官。

「はい。すみませんでした」
 姉はキリッと表情で目の前にいる女を見つめた。
 この刑務官は二週間前に一度あっただけなので、どんな人物かは一切わからない。
 知っていることといえば結構上の立場の人間で名は神崎。
 そして初対面にも関わらず、いきなり徹底した検査を行った人物でもある。
 あんなことされたのだから良い印象はもちろんなかった。

 
(こんな時間に身体検査なんて)
 姉は不満そうに顔を歪ます。
 神崎刑務官がやってきたのは今から数分前。
 突然現れたと思う暇もなく神崎は全裸体を命じた。
 理由もへったくりもない。ただの脱げと言う。
 姉は『これだから刑務官はモテないのよ』といつもの軽口を思いつつ全裸になり直立姿勢をした。

「口を開けて。よし。次は腕を水平に」

 これに慣れたわけではない。それでも毎日欠かさず全裸検査をやらされれば嫌でも動作が体に染み付く。
 胸を出せと言われればシャツを脱いで乙女の乳房を見せる。全裸になれと言われれば下着を下ろし薄い刷毛を曝け出す。
 おおよそ普通の女子大生とは程遠い生活だったが大きな問題を起こすことなくこの特別拘置所のルールを守り通した

「次は前かがみ。手と足は肩幅まで開く」

 姉が息を飲む。
 いくら毎日のこととはいえ、この瞬間は耐え難い屈辱を感じる。
 ましてや神崎刑務官のように普段はあまり来ない人にやられると余計に辛い。
 なにしろこの火のポーズは女性の下半身を全て見せる体位だからだ。
 
「はい」
 それでも拒否は許されない。姉は唇を噛み締めながら手を床に付けた。
 いつもは形のいい乳房がゆらゆると垂れ下がる。
 刑務官は若々しい背中の肌色を眺めながらゆっくりと後ろに回って覗き込む。

「ここに来てから一ヶ月ぐらいだったわよね?」
 ビニール製の手袋をはめた神崎刑務官がまだらにしか生えていない恥骨付近の薄い毛を見ながら質問をする。

「は、はい」
 返事と同時にカチと言うペンライトのスイッチが入った音。
 続いて閉じられていた女の割れ目をぐいっと開かれた。

「なるほど。どうりで」
 神崎刑務官の視線は的確に姉の秘部を捉えていた。
 強い明かりに照らされ、奥まで覗かれている。

「あ、やだ」
 姉は唇を噛み締めた。1本の指が小陰唇から尿道口にかけての壁をそっとなぞったからだ
 まったく深くは無く動きも作業的で悪意も何も感じられない。
 あくまでも異物混入チェックの域でしかなかったが、それでもあまり行われない性器検査の感触に姉は全身の血液が沸騰していくのを感じた。

「ちょっとお尻触るよ」
「ひゃっ」

 ようやく性器検査を終えたと思ったら今度は生尻を触られ、姉は思わず声を出した。
 刑務官は姉の両尻の肉を左右に広げ、尻の穴を露出させたのだ。
 羞恥よりも恐怖が支配し、右腕が震え今にも体位が崩れそうになる。
 それだけ肛門をむき出しにされたことにショックを受けていた。
 これは彼女が最も忌み嫌うガラス棒検査の手順だからだ。

 額に汗が吹き出る。否応無しにこれまで受けた屈辱の日々が蘇る。
 姉が今日まで受けたガラス棒検査の回数は9回。
 誰に何回やられたかは体がはっきりと覚えている。
 この神崎刑務官には初対面の二週間前にやられている。
 つまり今日2回目が行われない保証はどこにもない。

「動かないで」
 刑務官は二週間ぶりに見た姉の肛門を真剣な眼差しで見つめていた
 肛門は健康そうな淡いピンク色をしていた。
 過酷なガラス棒検査にもかかわらず穴が広がった形跡もない
 傷や出血の跡も見られず、外見だけ見ると前と変わってない
 それは姉が模範的な未決囚であり、実質上の罰であるガラス棒検査を最小限でくぐり抜けていることを示していた。

「もういいわ。パンツを履きなさい」
 神崎はあっさりと姉を開放する。
 結局、全裸検査は性器と尻穴を見ただけで終わった。
 もちろんこんなところを見られる自体がありえないが、それでもガラス棒検査を見逃してくれたことに姉は感謝した
 それだけあの検査は恐怖の象徴であり二度と味わいたくない体験だったからだ。



「ありがとうございました」
 姉は一礼をし下着に手を伸ばし急いで履いた。
 やぼったいおばさんパンツで見るだけでうんざりするが今更嫌と言っても虚しいだけ。
 そして続いて、これまてボロい灰色のシャツを着ようとするが。

「今から風呂には行くからそれは着なくていいわ」
 神崎刑務官がさらっと重要なことを言った。

「ふぇ?」
 不意を付かれて思わず乾いた声が出た。
 今日は風呂の日だっけ?と姉は壁に貼られているカレンダーを見て確認をする。
 確かに週に2回ある入浴日だった。

 それでこんな時間に全裸検査をやったのか。
 姉は少しだけ神崎刑務官の行動に納得しパンツ一枚でロッカーから洗面器とタオルを取り出す。
「はぁ」
 洗面器の中にタオルを入れる。
 それと同時に姉は不満そうなため息をついた。
 彼女自身は風呂が嫌なわけではない。むしろ好きなほうだった。
 ただ行くまでの過程が嫌なのだ


 姉はパンツ1枚のままゆっくりと両腕を差し出した。
 すると神崎は彼女の右手を持ちガチャリと手錠をかける
 その瞬間、むき出しの形のいい乳房がまるで手錠の味に恐怖するかのようにびくんと震えた。 

(くぅ)
 手首に食い込む冷たい感触に姉の心は震えた。
 拘束と言っても体中縛られているわけでもないのにまるで固着したかのように体の自由が効かない
 
 そんな姉の反応も刑務官にとっては見慣れたもの。
 反対の左手も手錠を容赦なく掛ける。

「行こうか」
 刑務官が扉を開ける。
 まるでそれが当たり前のように。

「はい」

 風呂場までの移動は腰縄無しの手錠姿。ただしパンツ1枚。
 この方針を初めて聞いた時は猛烈に抗議をした。
 保安のためか何か知らないが半裸で廊下に出すなんてありえないと思ったからだ。
 もちろん、そんな意見が通ることはなく、風呂に入るときにはパンツ1丁。ときには全裸体での移動を強制された。
 

 姉は抵抗感を感じながらもパンツ姿で扉をくくり廊下へと出る。
 いつもこの瞬間は強烈な羞恥に襲われる 
 廊下に窓はないとはいえ、誰に見られるかわからない状況に姉の足は竦んだ。

 そんな姉を見た神崎刑務官は洗面器の中からタオルを取り出しそっと姉の肩に掛ける。
 タオルは普通の大きさのため乳房は大して隠れないし乳首もチラチラ見えているが、それでも気分はかなり楽になった。

「え?」
 姉は意外と優しい刑務官の対応に驚き目をむいた。
 第一印象が最悪すぎてボロクソに思っていたが、よく考えたらこの人のことを殆ど何も知らなかった
 なんと言っても合うのがこれで2回目なのだから。

 刑務官は姉の反応を待たずにまるで独り言のように語る。

「私達だって好きでやっているんじゃないのを理解してほしい」
 それはこれまで何百人もの女を裸にし恨まれ続けた経験を持つ人のみが発する言葉

「……」
  
 姉は返事をしなかった。
 ここで恨んでいませんと言ってご機嫌を取るのは容易い。
 神崎の高そうな地位を考えても、そうすべきであるのは間違いないのに声が出なかった。

 おそらく何年たってもこの刑務官と初めて会った日のことは忘れない。
 裸を見られた屈辱。肛門を深く貫かれたおぞまじい感触。心の叫び。
 いくら仕事でやっているとは言え、とても許す気にはならない。
 なにしろ今現在だって刑務官本人はご立派な制服を着て、こちらは殆ど裸。
 こんなので信頼関係を持てるはずがない



 沈黙が続く中、歩き続けると前方に二人の女性の姿が見えた。
 どうやら風呂場の入り口前で待っている人たちのようだ
 扉の右側にいるのは見たことがない20代後半の優しそうな顔つきの女性。
 背が高くまるでモデルのようだが両腕には姉と同じ黒い手錠が掛けられていた
 
(え?)
 姉は思わず女性の全身をマジマジと見た。
 女性の体には衣服下着は一切なく全裸体のまま立たされていたからだ。
 同性でありながら姉は目の前の女性の見事なプロポーションから目が離せなかった。 
 足はすらっと長く、お腹にも贅肉は一切ない。
 そしてなにより輝くばかりの美しく、張りのある乳房。
 ただ大きいのではなく丸みや盛りあがりある。乳首も大きすぎず小さすぎず。
 女性視点から見ても羨ましい理想的な乳房であった。
 

 女性がニコリと笑顔を見せる。
 相手にとっては軽く挨拶したつもりかもしれないが姉の心はチクりと痛む。
 初対面の女性の裸をジロジロと見ていたことに気がつき嫌悪感を思えた。
 これでは刑務官と変わらない。申し訳無さのため思わず視線を下に向ける。
 すると先程は気が付かなかった無秩序に生え揃った陰毛が目に入った。
 この完璧な体つきには似合わない濃い陰毛だった
 それを見て姉は悟る。
 ああ、この女性はここに長くいる人なんだと

 女の真横にいた女性刑務官が少し緊張ぎみに声を出す。

「神崎刑務官。今日はわざわざの視察、ご苦労様です」
「なにか問題は」
「いえ、なにもありません」

 このペコペコしている30代の女性刑務官は姉もよく知っている。
 やたら厳しく、なにかあるとすぐ全裸検査を命じる杉浦みどり刑務官だ。
 一週間前にマスコミ関係の人とあった時に少し不満そうな顔を見せただけでガラス棒検査を行ったのもこの杉浦だった。
 
 姉は無意識のうちに杉浦から目をそらし、お尻に力を入れる。
 彼女は杉浦刑務官は大の苦手だった。
 ここまで苦手な人間は姉の人生でも初めてだった。
 いつもなら馬が合わない人でも相手を躱し自分のペースに持ち込めるはずだからだ。

 だがここは拘置所。
 何度となく味わされる手錠の重みと徹底的な身体検査が姉から対応力を奪い、一方的な苦手意識を増幅させた。
 既に杉浦が知らない体の箇所はどこにもない。
 ガラス棒検査も最多の4回もやられており、完全に力で服従させられた状態になっていた。



「で、杉浦刑務官。なぜ2番は全裸なのですか。風呂場への移動は規則27によりパンツ1枚だと言ってるでしょう」

 神崎刑務官が強い口調で杉浦に向かって話す。
 どうやら神崎は上の立場というだけではなく刑務官の指導もやっている人物のようだ。

「それはその……どうせ脱ぐなら同じかなと」

 杉浦は少し怯えながら答えた。
 相手の立場が強くなるといつもの偉そうな雰囲気がなくなるのはまさの小物の証
 姉自身も何度か全裸体のまま風呂場まで歩かされたので、その張本人が叱られている姿は見ていて少し楽しかった。

「これから気をつけるように」
 呆れた顔を見せつつ神崎は姉と女性の手錠を外し、脱衣場に入るように促した。

 姉が歩き出すと同時に全裸の女性がボソリという。

「今日はよろしくね」

 それはとても綺麗な声だった。
 こんないいところのお嬢様っぽい女性がなぜ拘置所なんかに囚われているのか。しかも長期間。
 姉はますますわからなくなった。