ヌードモデルに選ばれた姉

11話 脱ぐ選択


   それから数日後、昼休みの教室。
 佳子は友人である優季と一緒に弁当を食べることになった。

 「いやぁ、昨日書いた字がもう凄いのなんのって。あれはもう世紀の傑作と言っていいね。これで全国が狙えるよ」
 優季はその大きな体を動かしながら弁当を佳子の机を上に並べ始める。
 大きな弁当箱が一つ。大サイズのコップ。
 これだけ見るととても女子が食べる量には見えない

「またそんなこと言って、いつものひん曲がった字なんでしょ。もう優季のホラには付き合わないわよ」
 佳子は心を許せる友人に笑顔を見せながらカバンから自分の弁当を取り出す。
 箸箱から箸を取り出し、弁当を開けそうとしたその時、

「お知らせします。3年1組の福留佳子さんは至急職員室に来るように」

 まるで食べる瞬間を狙ったように、呼び出しのアナウンスが3年1組の教室に鳴り響く。
 佳子は首を少し傾げ、なんだろうと言う表情を見せる。

「佳子、なんかやったの?」
 先ほどまでの明るいムードはどこへやら。
 優季が妙に深刻そうな顔をしながらそう言った。
 腕組みをしながら考え込む佳子。
 しかし何度考えても、彼女には身に覚えがまったくなかった。

「なんの用事だろう。ちょっと行ってくるから先に食べておいて」
 手早く弁当を片付けた佳子は職員室へ向かうため教室を出た。 

(職員室は2階か)
 少し緊張した表情をしながら佳子は2階へ降り、校舎中央にある職員室の扉を開けた。
 職員室の中には数人の教師の姿。
 授業が終わったばかりだからか、職員室内は閑散としていた。

「あの、先ほど呼び出しを受けた福留佳子ですか」
 しかし返事はない。呼び出した相手はいないようだ。
 ガタと物音とともに窓際の席に座っていた若い女教師が立ち上がり、佳子の元へと歩いてくる。
 その女性は藤沢教師。佳子にとっては部の顧問に当たる先生だった。

「呼び出しは渡部先生よ。美術室に来るようにと言ってたわ」

 藤沢はそう言うとじっと佳子を見つめた。
 その眼差しは厳しく、どこか悔しさを伺える。

「先生、何かあったのですか?」
 藤沢先生の態度が気になり佳子は思わず質問をした。
 彼女にとって藤沢先生は良き理解者だった
 今回のヌードモデル指名にも最後まで反対してくれた信頼できる人物。
 佳子にとっても気にならないはずがなかった。

「ごめんね。私にもっと力があれば渡部先生から守ってあげれるんだけど、今の自分にはそんな力もパイプもないの。妨害するのが精一杯」
 藤沢先生はもう一度佳子の顔を見て済まなそうにため息をつく。
 その姿は教師歴2年目の若い教師とは思えない覇気のない姿に見えた。

「いえ、先生がどれだけ頑張ってくれたかよくわかっています。私はそれだけで嬉しいです」
 佳子は嘘偽りない気持ちを言った。
 職員室の勢力争いの事は良くわからないが渡部先生と藤沢先生が衝突し、様々な問題が起きているのは理解していた。

 お礼を言って佳子は職員室から出る。

「渡部先生って美術の渡部だよね。はぁ~出来れば会いたくないけど行くしか無いか」
 不安を覚えつつも佳子は美術室へ向う。
 彼女にとって渡部は2年の時に美術の授業で何度か合っただけの教師であったが、その時の印象は最悪だった。
 50歳前後の男子教師と言うだけで苦手なのに、渡部先生の佳子を見る視線は生徒を見る目というより女を見る目に思えた。
 男性特有の粘っこい視線を常に向けられ、不愉快になるなというほうが無理だった。

 そんなことを考えているうちに校舎の外れにある美術室へ着く。
 扉を開けようと佳子がドアノブに触れる。
 すると、なんとも言えない寒気を感じた。

(この扉は)
 忘れようとしていたヌードモデルの出来事が彼女の頭をよぎる。
 数日前、彼女はこの扉を開けて中に入り、その柔肌を初めて他人に晒した。
 いくら終わった話と思っても、あの時の羞恥と屈辱は、今でも彼女の心を蝕んでいた。

 佳子は乱れる心を押し殺しながら、
「失礼します」と言って美術室に入る。

 薄暗い。窓にはなぜかカーテンが引かれており美術室は暗かった。
 暗さに目が慣れない佳子は目を細めながら慎重に歩いて行く。
 すると部室の中央に肌色っぽい物体が目に入る。
 なんだろ?と思う前に物体の正体に気が付き、佳子は「キャ」と叫び声を出す。
 部屋の中央にあるものは物ではなく裸の女の子。
 その女の子は両手を頭の後ろに回し、そのちんまりした体の全てを晒しながら立っていた。

「やだ」
 裸の女の子も突然の来訪者に驚いたのか、胸を手で隠しながら座り込む。

「こら!モデルはどんな場合でもポーズを崩すな。一度教えたことはきちんと守れ」
 男の図太い声が美術室に響き渡る。
 佳子は声がした方向を向く。
 そこにあるのはスケッチブックの台。
 そして椅子に座っている中年男性の姿。渡部教師がいた。
 渡部は裸の女の子の真正面の位置に座り、怒りを露わにしていた。

「は、はい」
 裸の女の子は脅えきった声を出しながら立ち上がる。

「誰かと思えばお前か。あと少しで終わるからそこで待っていろ」
 渡部は佳子に向ってそう言いながらスケッチを続けた。

「な、なによ。これ」
 佳子は困惑した。
 男性教師がいるというのに女の子が裸になっている。
 しかも女の子は手を頭の後ろに回す囚人のようなポーズまで取っている。
 それはあまりに非常識で現実味がない光景に思えた。

 佳子は生唾を飲み込みながら、知らず知らずのうちに女の子をじっと見つめていた。
 その女の子はまだ中1と言っても通用するくらい子供っぽい顔をしていた。
 童顔なのは顔だけではない。胸もほんの膨らみかけであり、陰毛も全く生えていない。
 どう見ても中等部。しかも低学年の生徒であり、可愛い後輩という感じだった。
(あの眼は……)
 佳子は女の子の絶望に満ちた暗い瞳を見て、今の状況を全て理解した。
 この子は一週間前の自分と同じ立場なんだと。
 赤の他人の前で裸になり、ポーズを取り続ける女の苦しみ。
 あれは実際にやった女性でないとわからない独特の苦しみだった。

「もういいぞ」
 絵を書き終えたのか、満足げに渡部教師が手を止める。
 女の子は近くに置いてあったバスタオルを拾い、体を隠しながら別室へと足早に逃げていった。

 女の子がいなくなり、佳子と渡部教師の2人きりになる美術室。
 ぴーんと張り詰めた空気が漂う。

「福留佳子だな。今からヌードモデルとしての適性を見てやるから裸になれ」
 渡部は佳子をジロっと睨むやいなや、とんでもないことを言う。

「は? もうヌードモデルの約束は終わったでしょう。それに適正ってなんのことよ」
 佳子は反射的に怒鳴り返す。

「それが教師に対する言葉使いか。自分の立場をわきまえろ!」
 教師の強い言葉を聞き佳子は、ビクッと体を震わす。
 いくら非常識なことを言っても相手は教師。
 反論するにしても生徒の立場を超えることは許されるはずもなかった。

「すみませんでした。で、ヌードモデルの約束は前回で終わったのではないのですか」
 佳子は先ほどの失敗は繰り返さないようにと言葉を一つ一つ選びながら質問した。

「お前もあの同意書に署名したんだからわかっているだろ。あの書類にはヌードモデルの期限はどこにも書かれていない」

「でも確かに2日間までって」
 そう。確かに2日間と書かれてた。だから白鳥も急いで作業を進めていた。

「あれは2日間以上続けて行ってはならないって意味だ」
 白々しく説明する渡部。その姿は教師というよりペテン師の姿を思い出された。

「私を騙したのですね。いや、私だけではなくヌードモデルをやらせたみんなを」
 佳子は拳を握りしめながら渡部を睨みつける。
 完全に彼女は騙された。一度きりの協力も大嘘だったのだ。
 そう。誰が好き好んで、ヌードモデルなんかやりたいものか。
 みんな嫌なのを我慢しながら、裸になったのだ。
 今回だけ我慢すれば、また明日からいつもの学校生活が始まる。
 その希望を胸に女子生徒たちは、ヌードモデルの依頼に耐えた。
 全裸写真さえも撮らせた。その結果がこれだ。
 佳子は自分の判断が甘かったことを痛感した。

「そう思うのは構わんよ。でも同意書に署名したのだから約束は守ってもらわないと困るぞ。さっきの子もきちんと約束は守っているしな」
 渡部は涼しい顔で屁理屈を述べた。

「やはり、あの子もヌードモデルの被害者……」
 先ほどの可愛い子を思い出す。あの幼い体つきはおそらく中等部の生徒。
 あんな子供まで裸にする美術部の横暴に彼女の憎しみは増して行く。

「あと、お前の弟についても話がある」

「な、なんのことですか」
 突然、弟の話が出て佳子は戸惑う。
 確かに弟は美術部に入っている。
 しかし渡部にとって弟は一部員でしかないはず。
 まだ一年なんだから部員として大した役目を果たしているとも思えない。
 なぜここで弟の話が出てくるのか。
 わからない。佳子は渡部の言いたいことがさっぱりわからなかった。

「ここからは脱いでからだ。同意書を破ればただでは少ないぞ。退学覚悟で逃げてみるか」
 考え込む佳子を急かすように渡部が言う。

「……」
 立ち尽くしながら、佳子は今の状況を整理していた。
 学校側に嵌められたの間違いない。あの屈辱的な撮影や全裸検査もそうだ。
 だが、同意書の穴を見抜けなかったのも事実。
 弟の話も気になるし、この場から逃げ出しても状況が良くなるとは思えない。
 何度考えても、ここは相手の言うことを聞いて、情報を集める以外の選択肢は無いように思えた。

 佳子は1つ大きなため息をつき「わかりました」と言った。
 それは自分の意志で脱ぐ選択をしたのと同じ。
 また一つ、女として大切なモノを失った後悔の念が彼女の心を蝕む。

「お前みたいな優秀な生徒が退学になるのは忍びないからな。わかってくれてよかったよ。時間がないからこの場で脱いでくれ」

「ここで?」
「そうだ。脱ぎながら話そう」
母親の昔の水着姿の写真がドストライクだった