温かい夕焼けの光が校舎を照らす。
グラウンドから金属バットの打撃音と、野太い男の声が聞こえる。
各部が競うように、練習を始める放課後。
そんなせわしない時間だというのに、ただじっと女子更衣室の前で待ち続ける六人の一年女子グループがいた。
女子たちはなかなか開かない女子更衣室の扉を見てため息を付く。
顔には諦めの表情が浮き出ている。
一年である以上、待たさせるのは仕方がない。
誰もがそう思っていた時、一人の背が低い女の子が開かない扉の前に行く。
女の子は扉を見つめながら、大きく息を吸う。
「ホントーに遅いわね。二年生はなにをモタモタと着替えているのかしら」
由衣は更衣室内に聞こえるような大きな声でピシャリと言い放った。
「ち、ちょっと由衣。聞こえるわよ」
由衣の行動に驚いた同じ一年女子の風子が心配そうに言う。
「いくら二年だからって一年を待たせていいわけないわ」
いらついた表情をしながら、由衣は再び大きな声を出す。
彼女の怒りも無理はなかった。
なぜなら由衣たち一年は先輩たちが着替えを終わらないと更衣室に入ることも許されていないからだ。
つまり先輩が遅れると、それだけ一年の着替え時間が無くなることを意味していた。
突然、扉が開き、中からスクール水着に着替えた二年の先輩たちが出てくる。
先輩は廊下で待機していた新入生たちをちらっと見て、
「遅くなってごめんなさいね。あなた達も早く"海パン"に着替えてプールに集合しなさい」
と、海パンを強調しながら言った。
由衣は黙ったまま二年女子を睨む。
一年女子は上半身裸の海パン一丁。
この水泳部の伝統は由衣たち一年の心を深く傷つけていた。
いくら水泳部が使う屋外プールには高い壁があり、外からは見えないとはいえ、思春期の女子が明るい太陽の下で膨らみかけの乳房を晒す。
辛くないわけがなかった。
「由衣。早く着替えないと」
不穏な空気を察知した風子が由衣の手を掴み、更衣室へと連れて行こうとする
由衣もこれ以上、二年生の相手をする気はなく素直に更衣室へ入った。
不満そうに不機嫌な表情のまま由衣は着替えの準備を始める。
セーラー服を脱ぎ、バスタオルを身体に巻く。
バスタオル内で器用にブラを外し、スカートを下ろす。
パンツを脱ぎ、手に海パンを持った、その瞬間。
「だから、なぜ海パンなんか履かなくてはいけないのよ!」
突然、由衣の声が女子更衣室に響き渡った。
水着に着替えようとしている他の女子が驚きの顔を見せる。
「そう決まっているからよ」
誰よりも早く海パン一枚に着替えた背の高い女子が物静かな声を出しながら由衣に近づく。
その女子は自らの胸をまったく隠さず、由衣の前に立つ。
その子の名は須崎燿子。三年生でありながら海パン組に落ちた由衣の先輩だった。
「で、でも先輩は悔しくないのですか。あんなに凄い実力があるのに海パン姿なんて」
須崎先輩の豊満な乳房を間近に見て由衣は顔を赤らめる。
由衣にとって須崎は、小学生ジュリア大会の時からの付き合いで、憧れの先輩だった
彼女がこの水泳部に入りたかったのも須崎がいたからだ。
そんな先輩が乳丸出しの海パン組と言う辱めを受けている。
由衣としては、自分のこと以上に納得が出来ないことだった。
「由衣にも今にわかるわよ。女を捨てて裸を晒す意味を。水泳部40年の歴史の重みをね」
須崎は由衣の頭を軽く撫でる。
そして前も隠さず上半身裸のまま更衣室から出ていった。
「そんなのわかりたくありません」
須崎が去っていくのを呆然と眺めながら由衣はつぶやく。
どうして一年は上半身裸で泳がないといけないのか。
乳房を晒す行為にどんな意味があるのか。
いくら四十年続く水泳部の伝統と言われても彼女には何一つ理解できなかった。
しかし、自分よりずっと実力がある須崎先輩がそれを受け入れている。
一年、しかもまだ入部三日目の由衣が拒否出来るはずもなかった。
憤りを覚えながらも由衣はバスタオルを身体に巻き海パンを履く。
そしてそっとバスタオルを外し、上半身裸の海パン姿になる。
(はぁ……)
由衣は自分の胸を見て、ため息を付いた。
中学3年と言っても通じそうな膨らんだ胸。
どう考えても上半身裸で泳ぐ身体ではなかった
「じゃ先に行くね」
由衣は一人で更衣室を出た。
ここからは集団で行かない。いや、行けない。
なぜならここからプールまでは見通しのいい廊下を通らなくてはならなかったからだ。
上半身裸の海パン組にとって、この廊下を集団で歩き、目立つことは破滅を意味していた。
由衣は両手で胸を隠しながら恐る恐る廊下を見る。
廊下に人影はない。窓から見える外にも人はいなさそうだ。
今のうちとばかりに彼女は走った。
手ブラのまま一気に走り抜けようとする。
この廊下は体育館と屋外プールを繋いでいるだけなので普通の生徒はまず通らない。
それでも彼女は駆け足で廊下を抜け、扉をくぐり、プールの敷地内に入った。
「はぁはぁ、なんでこんな目に合わなくてはいけないのよ」
息を整えながら由衣はプール内を見渡す。今日は女子の練習日。当たり前だが男子の姿はなくホッとする。
先輩たち上級生は既に練習が始まっているようで誰も近づいてこない。
この水泳部にとって上半裸の女子なんて見慣れたもの。
一年女子が手ブラ状態で現れたからって驚くものは誰もいなかった。