「一年集合。早くしろ」
突然、女子生徒特有の甲高い声がプール内に響き渡る。
唐突にかけられた声に、由衣は驚いた表情で声がしたプール角を向く。
そこには一人の長身の女子生徒がいた。
その女子生徒は不機嫌そうな顔をしながら、早く来いと急かしている。
「由衣、早く行かないとまた藤井キャプテンに怒鳴られるわよ」
いつの間にかに追いついていた風子が由衣に声をかけながら藤井の元へと走って行く。
「げー。今日は藤井キャプテンなんだ。最悪」
由衣は藤井先輩の顔を見てうんざりした表情を見せる。
彼女が嫌がるのは無理もなかった。なぜなら藤井は入部初日の指導相手だったからだ。
藤井は右も左もわからない由衣たち新入部員を、初日早々からシゴキまくった。
それは先輩への挨拶の仕方から水泳部の伝統といえる、上半身裸で行う練習まで徹底的に教え込まれた。
それらのシゴキはどんなに理不尽な命令でも、先輩に逆らってはいけないことを理解させるのに十分すぎる内容だった。
由衣は気を重くしながらも藤井先輩の前まで走る。
胸を手で隠したまま走ったせいか予想以上に時間が掛かかったが、なんとか間に合う。
藤井先輩は苛ついた表情をしながら集まった6人の姿をじろっと見る。
先輩の前だというのに、一年の誰もが自分の手を胸の前でクロスさせ乳房を隠していた。
当たり前だった。いくら女子しかいない日とは言え、海パン一丁で人前に立てるはずがない。
藤井は必死に胸を隠し羞恥に耐えている海パン組を見てふっと笑う。
そしてその行為をあざ笑うがごとく「きおつけ!」と大声を出した。
「はい!!」
初日に行われた特訓の成果なのか、まるで条件反射のように海パン組の手が一斉に下ろされる。
少年のようなペタンコな胸。まだ幼く膨らみかけの胸。
1年女子の様々な胸が明るいプールサイドに晒される。
その中でも一番目立っていたのは、やはり由衣の一回り大きな形のいい胸だった。
藤井は捕まえた獲物を確認するような目つきで一人一人の乳房を確認していく。
そして由衣に視線が向けられる。
「……」
由衣は怒りをこらえながらも藤井を睨み返す。
その行為に気分を悪くしたのか、藤井は仕返しとばかりに、由衣のむき出しになっている乳房をじっと見つめ続ける。
他の一年はちらっと胸の形を確信しただけだったのに、由衣の場合はまるで今から乳房のスケッチでも始めるかのような、ねちっこい視線だった、
同じ女とは思えない視線を胸に感じ、由衣の身体がピクリと動く。
恥辱の思いに駆られ、胸を隠そうと手が動きかける。
だが、動かない。由衣はそれ以上の反応は見せない。
彼女には分かっていた。
ここで胸を隠そうとすればどうなるか。
待っていたとばかりにビンタが来る。
初日はそれで全ての新入生が頬にビンタの洗礼を受けた。
どんなに恥ずかしくても身体を隠すな。
それは一番最初に教えられた水泳部の伝統とも言える鉄則だった。
「ふん、生意気な一年ね」
反抗的な態度を見せる由衣を叩こうと藤井の手が上がる。
叩かれるようなことはしていないと思ってもどうしようもない、
由衣はとっさに目を閉じる。
しかし、なにも起こらない。頬に予想された衝撃も来ない。
おそるおそる由衣が目を開ける。
すると1人の女子が藤井の手を掴み、叩くのを阻止していた。
「え、なぜ……」
由衣は止めてくれた人物を見て驚く。
助けてくれた女子は由衣の憧れである須崎先輩だった。
「やめなさい。必要のない体罰は禁止されているでしょう」
力強い口調で須崎が言う。
その迫力に藤井は一瞬たじろいたが、すぐにいつもの人を小馬鹿にした余裕のある顔を見せる。
無理もなかった。今の須崎は上半身裸の海パン組だ。
どんなに迫力があっても胸丸出しではサマにならない。
藤井は須崎の乳首を見ながら大きな声で笑う。
「ははっおかしい。誰かと思えば元エースの須崎さんではありませんか。今日も上半身裸なの。まぁかわいそうね」
本来なら部員たちの手本となるべきキャプテンとは思えない高飛車な態度を藤井は見せる。
それもそのはず。藤井にとって須崎は長年のライバルであり天敵だった。
一ヶ月前まではタメ口どころか、敬語を使わなくてはいけないほどの実力差。すなわち立場の差があった。
それが今ではどうだろうか。須崎はトップの地位から一気に最下層である海パン組まで落ちぶれた。
藤井にとって今や須崎は落ちぶれたエースでしかなく、その鍛えられた肉体も見世物でしかなかった。
「こんなことぐらいなんともないわ」
須崎は哀れにもさらしものにされている乳房を全く隠さず、藤井の挑発を平然と流す。
強い精神力のなす技か。その言葉に嘘は感じられない。
「生意気なこと言うわね。今のあんたはエースでもなければ三年生でもない海パン組なのよ。自分の立場はわかっているわよね」
「もちろんわかっているわ。だから海パンを履いているんでしょう。逃げも隠れもしないからどんな命令でもいいなさい」
「では新入生のお手本を兼ねて海パン組名物の全裸水泳でもやってもらいましょうか」
「……いいわよ」
「須崎先輩。やめてください。私なんかのために」
二人の会話をじっと聞いていた由衣が口を挟む。
自分のために尊敬する須崎先輩が裸になる。そんなことはあってはならない。
彼女にはとても我慢出来ないことだった。
「いいのよ。それに貴方のために罰を受けるのではないわ。私は海パン組の義務を果たすためにやるのよ」
須崎は履いている海パンの紐を解きながら由衣に向かって話す。
その表情には強い決意が感じられた
「その海パン組の義務って……あっ、やだ」
由衣が聞き返そうとしたその瞬間。海パンを掴んだ須崎の手が下へと動く。
そのまま片足を上げて、スッと海パンを脱ぎ去る。
由衣は須崎の真っ黒な陰毛。そして股の間の女を見てしまいあわてて目をそらす。
「ふふ、相変わらず身体だけはいいわね。それでは今日も男子のおかずになってもらいましょう。泳ぐのはもちろん第1レーンね」
藤井がそう言うと、これまで無表情を貫いていた須崎の凛とした顔が紅潮し、恥辱の表情がにじみ出る。
「わかったわ」
手の拳をギュと握り締めながら須崎は全裸のまま第1レーンへと向かっていく。
(男子? 第1レーン?)
藤井の意味深な言葉に由衣がふと考え込む。
確かに腑に落ちない疑問がいくつもあった。
入部初日も須崎はあの学校側に面した第1レーンを泳がされていた。
隣の第2、第3は開いていたのになぜか第1をだ。
しかも藤井はお披露目会と言って新入部員にも第1レーンを泳がせた。
由衣があそこで泳いだ時に感じた違和感。人を馬鹿にしたような先輩たちの含みある笑い顔。
藤井が言ったお披露目とはどういう意味なのか……
由衣は一つの仮説にたどり着き、全身が羞恥で赤くなる。
それは女として考えたくない可能性。決してあってはならないことだった。
「一年。今から須崎が手本を見せるからよく見ておけ」
甲高い藤井の声が聞こえる。
見ろと言われて見ないわけにはいかない。
由衣はそらしていた顔を上げ、第1レーンの台を見る。
そこには当たり前のように裸の須崎がいた。
「綺麗……」
台の上で直立不動のポーズを取る須崎先輩の全身を見て、由衣は思わず賛美の言葉を漏らす。
それだけ全裸の須崎は綺麗だった。
アスリートらしいスレンダーな体格。
その身体にぴったりマッチする形のいいお碗型の乳房。
チャームポイントにすら思える小さく可愛いピンク色の乳首。
足の間にある綺麗にV字にカットされた黒い陰毛さえも魅力的に見えた。
「ほら、一年が貴方の裸を見ているわよ。新入生にあそこを見られるのは初めてよね。どう恥ずかしい?」
藤井は須崎を挑発しながら海パン組がいるほうを指差す。
しかし全裸の須崎はチラッと一年を見ただけで、それ以上の反応は見せない。恥ずかしがるわけでもなく身体を隠したりもしない。
「泳ぎ方は自由でいいわね」
そんなこと関係ないと言わんばかりに須崎が本題に入る。
無視されたことに気分を害した藤井はムッとした表情をしながら指示を出す。
「自由のわけないわ。クロール。平泳ぎ、背泳ぎの順で計3回ずつよ」
ざわ
海パン組がざわめく。
上半身裸の海パン組にとって平泳ぎと背泳ぎは辛い泳ぎ方だった。
平泳ぎは胸を出しながら足を開くことになり、背泳ぎは胸を水面に出しながら泳ぐことになる。
どちらも女として絶対に避けるべき泳ぎ方と言えた。
だが、須崎は全裸でそれをやるという。
一年の誰かが生唾を飲み込む。すすり泣きのような声も聞こえる。
それは同じ女性としての同情。いつかは自分もやらされる恐怖と羞恥。
そして、全裸で泳けばどんな姿になるのかという好奇心。
じっと須崎を見つめる6人の海パン組の顔には様々な感情が浮かび上がっていった。