水泳部の伝統 11

水泳部の伝統 11


 やんややんやと騒ぐ男子を無視して由衣は自分の胸と股間をさっと手で隠す。
 そして軽蔑しきった目で男子を見渡した。
 それはもう一切裸を見せる気がない意思表示に見えた。

 由衣の行動を見た男子たちは一斉に黙り込む。
 誰もが疑問の眼差しで見つめる
 なぜ。今になって体を隠す? あれだけ散々裸を見せていた子が。
 男子の誰もがそう思った。
 
ざわ 
 男子が騒ぎ始める
 由衣が背を丸くし手で体を隠しながら、台から降りようとしたからだ。

「こら!。きちんと自己紹介しろ」
 降りようとする由衣を見た藤井キャプテンが怒鳴り声を出す。
 度重なる由衣の意味不明の行動に相当苛ついているようだった。

「誰がそんなことをやりますか!!」
 由衣は憤りを感じながら怒鳴った。
 彼女がここに来たのはあくまで高城と同じ立場になり謝ることだ。
 その思惑通り、彼女は自らの意志で男たちの前で裸を晒し、高城に対して出来る限りの謝罪をした。
 つまり目的はもう果たされている。
 彼女がこれ以上ここにいる理由は何一つなかった。

「最初にやりたいと手を上げたのはお前だろ」
 今度は男子から批判じみた声が飛ぶ。
 この男子の声はあの生意気そうな新入生が全裸のまま頭を下げるシーンを心待ちにしていた生徒がいかに多いのかの証明でもあった
 そしてその声はみるみるうちに大きくなっていった

「脱げー脱げー」
 男子からは脱げコール。後ろを振り向けば藤井キャプテンが凄い顔をしながら睨んでいる。
 これ以上抵抗すれば他の1年にも迷惑が掛かりかねない。
 どう考えても逃げ場は何処にもなかった。

(この男の反応ってようするに……)
 由衣は少し考え事をするような顔つきをしたあと、無言のまま男子たちが座る方向に体を向ける。
 だが、彼女の裸は見えない。相変わらず手で胸と股間は隠してたからだ。

「なに今更隠しているんだよ」
 もっともな野次が男子から飛ぶ。
 その声に答えたわけでもないが彼女の手が胸から離れた。
 ぽろんと表に出る丸みを帯びた由衣の乳房。

「そうそう。それでいいんだよ」
 1人の男子が晒された乳房を見ながら野次る。

(やはりこの部にとってはこれが正常なんだ)
 胸を晒しながら彼女は今までずっと覚えていた疑問の答えを得た気がした
 目の前にいる男子たちはあの時の隼人と同じなんだと。
 水泳部の伝統という常識に酔っている人々。
 つまりそれは。

 由衣が手も股間から外し直立不動のポーズを取る。

「おーーー。すげー」
 再び由衣はその初々しい体の全てを男たちの前で晒した、
 男たちは先ほど散々裸を見たというのに盛り上がっている。
 相変わらずの下品な歓声がプール内に響き渡る

 由衣は全裸のまま、男子を見渡し確信を得る。
 やはりそう。男子たちは海パン組の裸を見て当然を思っているんだ。
 罪悪感なんて欠片もない。むしろ見せないほうがおかしいと信じ切っている。
(冗談じゃない)
 彼女は思った。
 思春期の女の子の裸を見るのが当たり前なんてありえない。
 ここは水泳部でありヌードモデル育成でもストリッパー養成でもないんだから。

 由衣は怒りと羞恥で胸元まで赤く染めながら、息を大きく吸った。
 そして。

「一年! 堺由衣です。よろしくお願いします!」
 まるでプールの外まで届くような大声で叫びながら深々とお辞儀をした。
 
 水泳部の伝統にのっとった挨拶。
 声の大きさはともかく彼女の自己紹介は完璧だった。
 直立不動の姿勢。胸を隠さない作法。割れ目を見えやすくするように足を開く幅。お辞儀の際の角度。
 今、彼女がやった自己紹介は全て教えられた通りのものであり、まさにお手本と言える文句の付けようがないものだった。

 ぱちぱちと男子から拍手の音が聞こえる。
 だが、その拍手は多くない。
 先ほどまでのからかいの盛り上がりを考えればあまりに小さい。
 そうなるのも当然のこと。なにしろ大多数の男子は、由衣の迫力に圧倒されていたからだ。
 先ほどまでただの全裸で立つ女の子でしか無いのに、自己紹介した時の由衣の姿はまさに鬼気迫るものだった。
 それは声が大きかったからではない。
 もう顔つきから態度に至るまで由衣は男子に対して喧嘩を売っていた
 

「生意気な女」
 白けムードの中、1人の上級生男子がぼそっと独り言を言う。
 確かに由衣の自己紹介はケチを付けられないものだった。
 しかし誰もが気がつく剥き出しな敵意。裸を見て楽しんでいる男子を軽蔑している眼差し。
 上級生として由衣の態度が面白いわけはなかった。

 

 一部の男たちの微妙な変化に気がつくことなく由衣はクルリと後ろを向いた。
 そして右手で胸を隠し、左手には海パンを股間に当てながら隠し一年女子が座るところへ歩いていく。
 彼女はあえて海パンは履き直さなかった。
 男子の前で履く気にはなれなかったし、脱ぐ以上に履く動作は危険に思えたからだ。

 由衣が一年の列に戻り、座ろうとすると海パン姿の須崎先輩が近寄る。
「どう。水泳部の伝統が少しは分かった」

 相変わらず須崎はその豊満な乳房を隠そうともしない。

「わかりません。ただ恥ずかしいだけです。裸を晒せば強くなるなんてありえません」
 胸を曝け出している須崎とは逆に由衣は胸と股間を隠し、全裸でありながらも露出を限界まで避けながら話した。
 その態度は由衣と須崎の考えが決定的に違うことを物語っていた。

「そう。まあ今はそれでいいわ。それではリーダーテスト頑張りなさい」
 須崎は自分の考えを全否定されても怒ることなく物静かに話した。

「リーダー?」
 聞き慣れない単語を聞いて由衣は聞き直す。

「そうよ。私が掛け合って貴方をテストすることになったの。合格すれば貴方が一年のリーダーよ」

「私がリーダー……」
 なぜ須崎先輩が自分を一年のリーダーにしようとしているのか由衣にはわからなかった。
 確かに由衣は須崎先輩のことは心の底から尊敬しているが、須崎にとって由衣は聞き分けのいい後輩ではない。
 今回のように衝突することも珍しくもない。
 なのに自分を須崎陣営に引き入れようとしているのはなぜなのか。
 水泳部内の政治的な駆け引きなのか。
 まだ新入部員で水泳部の内情を把握していない由衣にはなにもわからなかった。

「期待しているわよ」
 キュッと引き締った長い脚を見せながら須崎は3年のグループへと戻っていく。

 須崎先輩。水泳部最強の部員。そんな凄い人が乳丸出しの海パン組という理不尽な扱いを受けている。
 なぜ先輩ほどの人物がこんな扱いをされて平気なのか、由衣にはどうしても理解が出来なかった。
 しかし、全裸自己紹介の試練をくぐり抜けた今の彼女には少しだけ須崎先輩の考えが理解できた気がした。
 須崎先輩は自分のためだけに胸を晒しているわけではない。
 あれは私達一年への示しのためにもやっていたことなのだ。
 事実、須崎先輩がいたからこそ、1年はこの扱いにも納得してこれた。
 もし先輩がいなければ、上半身裸なんて非常識な練習をやるはずがない。
 圧倒的な実力を持つ須崎先輩すら裸になっているからこそ、一年も納得したのだ。

(それでも、私は水泳部の伝統を認めない)
 由衣は覚悟を確かめるように、拳をギュと握る。
 今から彼女が行こうとしているのは茨の道。
 藤井キャプテンどころか、須崎先輩にすら歯向かうことになる
 しかし彼女の信念は変わらない。どんなに辱められてもこれだけは認める訳にいかなかった。
義兄に寝取られ堕ちた椿