監視社会で生きる人々

外伝 先生の事務所

世界観整理用の読み切り


 この国では逮捕された人物の裸を公開する制度がある。
 閲覧に制限はなく、見ようと思えば誰でも逮捕者の裸を見ることが出来た。
 もちろん偉い人は邪ないやらしい考えでこの法律を導入したわけではない。
 それは、この法律の原案を作った超党派の座長が宮本絵美菜。つまり女性議員の発案であることを見ても明らかだった
 あくまで狙いはマグショットと同じ。逮捕者の識別を可能にしてその写真を公開し国民にその人物や事件の関心を持ってもらう。
 ゆくゆくは事件の再発防止へと繋がることを期待する取り組みの一環だった
 そんな少しでも治安を良くしようと思いのもとで成立した法案にも関わらず制度を悪用し儲けようとする業者が少なからずいた。
 その中で特に人気なのが誤認逮捕で釈放された人物を紹介する冤罪シリーズ。
 本来は批判される謂れのない冤罪被害者のプライバシーを暴き、あまつさえ裸まで見る行為はなんとも言えない背徳感を刺激しDVDは売れに売れた。
 その売り上げに気を良くした業者はさらなる新シリーズを売り出す。
 それが冤罪疑惑が晴れないまま刑務所に送られた人物の今を暴く冤罪刑務所シリーズだった。

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 夕方、日も暮れ始める頃に古いレンタルビデオ屋に30代の身なりもしっかりしている真面目そうな男がやってくる。
 男はアダルトコーナーには目もくれず、黒い背表紙のパッケージがずらりと並んだドキュメンタリーのコーナーへと向かった。
 そのコーナーに置かれているDVDの背表紙には新冤罪シリーズと書かれており最新巻は42巻のようだ。
 男は最新作には興味がないようで少し前の39巻を手に取る。
 39巻のパッケージには現役女子高生古木の悲劇と書かれているがすでに貸し出されており中身は空っぽだった

 男はどこか残念そうな表情をしながら刑務所編の方を見ると目的のDVDはすぐ見つかった。
 そのDVDは目立つ棚の真ん中にパッケージが見えるように置かれていた。
 比較的古いDVDにも関わらず未だに高い人気があることを伺える

 男は『職業、弁護士:古木由布子の転落』と書かれたDVDを取った。
 全年齢商品らしく表紙はマスコミの取材に受けた時と思われるパリッとした格好が使われていた。
 だが裏を見れば一面の肌色とインテリ巨乳弁護士、肛門検査に濡れると言った赤い文字の煽り文句が書かれており大きな乳房の膨らみはもちろん、少し陥没気味の乳首さえも当たり前のように無修正で写されていた。
 これだけ見たらAVにしか見えない。
 でもこれはポルノではない。あくまで国が公開した情報を集めただけのDVDに過ぎない。

「はあ……」
 男はそんな現実に溜息をついた。
 こんな女性のプライバシーの固まりのようなものが本人の許可無くレンタルビデオ屋に無造作に置かれていることに、何処かやるせない思いをしながら男はDVDをレジへと持っていく。


 夜
 1人暗い部屋で男は何度となく借りたDVDを再生していた。
 テレビに映し出される動画はどこから手に入れたのか『先生』が小学生の頃から優秀な生徒であったことを写真付きで説明している。
 こんなこと今更言われなくても男は先生が優秀なことを知っていた。
 それでも高校の制服を着た若々しい先生が誇らしげに賞状を受け取っているシーンは胸に来るものがあった。
 動画は先生が大学を卒業し弁護士の仕事を初めたところまで来た。
 ここまでは先生の人生は順調だった。弁護士としては人権派のやり手として世間から注目され、私生活では結婚し娘も授かった。

 そんな先生が突然逮捕される。逮捕された日には何故かマスコミをかぎつけており連行シーンは複数の動画が存在していた。
 このDVDで使われているのはB局が撮ったものだった。
 B局の動画は先生が自分が悪くないことを示すために前をしっかり見ているのに関わらず手錠腰縄姿にされ、その瞳には絶望が見えているところを完璧に捉えていた。
 このDVDの製作者はよくわかっている。このDVDを見る人が見たがるものを的確に提供しているからだ。
 そう。これはエリートの転落を見て楽しむ娯楽DVD。

 続いて公式に公開されている先生の全裸写真が映し出させる。
 先ほどとの落差を見せる見事な悲壮感が漂う演出だ。
 何も知らない人が見ればこの裸のインパクトは相当なものだろうが男にとってはこの写真は見飽きている。
 なにしろ先生が逮捕されたその日にはこの全裸写真を見に行っていたからだ
 そもそもこのDVDが凄いのはここではない。 

 シーンが切り替わるとグラウンドで30人ほどの女囚と一緒に体操をしている先生の姿が映った。
 先生の姿はもう弁護士時代とは違う。ヨレヨレの体操服に40代直前のキャリアウーマンが履くものではない太ももがむき出しのショートパンツ。
 そして丸刈りにされた髪。逮捕前の姿を知っているものが見たらあまりの悲惨さに言葉を失うだろう。 
 もう何度もこのDVDを見た男ですらこの瞬間はいつも息を呑んだ。

 それから更に数分立つと男が一番のお気に入りのシーンにたどり着く。
 それはマスコミ向けの刑務所宣伝動画だと思われる独房でのシーン。
 野暮ったい体操服を着た先生はまるで新人のような若い男性刑務官の足元で正座をしていた。
 先生は見上げるように相手の顔をじっと見ている。
 その時の先生の目は男が毎日のように見ていたやり手弁護士の目をしていた。
 そうだ。そうやって先生は数々の弁護をし手腕を発揮してきたのだ。
 だがここは刑務所。先生の優秀の頭脳が生かされることはない。
 
「201番。生理もなく体に異常ありません」
 屈辱の宣誓を言い終わると先生は畳に親指、人差し指、中指の3本の指を付ける。
 そしてやや顔を歪ませながら頭を畳スレスレの高さまで下げた。
 
 こんな若造の刑務官相手に見せる姿ではない。それだけ見事な土下座だった。
 あのプライドと自信に溢れた先生が屈辱に塗れている姿を見た男の手が自然と己の股間へと伸びる。

 ここまで全面降伏を示しているというのに刑務官は満足しないのか。
「脱衣!!」
 と大声で言った。
 男が聞いた話によると囚人たちはいかなる場合でも脱衣と言われれば素っ裸になれるように教えこまれるという。
 釈放されたばかりの女性が町中で見知らぬ男性から脱衣と呟かれたら反射的に全裸になったと言うからその過酷さが伺える。
「はい」
 そんな話を裏付けるかのように先生も素早く脱ぎ始める。
 この画質を考えると結構本格的な撮影機材を持つカメラマンが目の前にいるのにも関わらず先生はシャツを脱いで相変わらず立派な大きな乳房を露出させた。
 一見すると先生は順応でこの生活を受け入れているように見える
 だが、先生と共に長年仕事をしてきた男にはわかる。
 素直に言うことを聞いているようで内心は穏やかではないことに。
 この僅かな口の歪みも先生がよく見せた苛ついている時の癖だ。
 ヨレヨレの使い古しの白パンツを下ろす瞬間も手が一瞬止まっている。
 つまり先生は今でもこの扱いに納得はしていないのだ。

 全て脱ぎ終えた先生の裸をカメラはゆっくりと上半身から下半身へと動かす。
 先生の体は逮捕された時に撮られた全裸写真と比べると少し腰回りが痩せた感じがした。
 そのためか大きな乳房がより魅力的に見える
 そんなこと思っているうちにカメラは下半身へ向けられそこで止まった。
 陰毛は剃られており大人のいやらしい割れ目がむき出しになっていた。
 逮捕時の写真には陰毛があったことを考えると刑務所は囚人の陰毛すら管理されるようだ
 しかしそのおかげで先生の体がより暴かれたのもまた事実。
 先生の割れ目は上付きと呼ばれるもので直立不動でも深い谷を作っているがはっきりとわかったからだ
 一般的に女性は上付きにコンプレックスを持つ人が多く隠したいと思うらしいが、ネットではそんな身体的な特徴を揶揄う書き込みも多い。
 先生の心中を察してしまい男は胸が苦しくなった。

「尻を向けろ」
 刑務官がそういうと流石の先生も顔色が露骨に変わった。
 今日はカメラマンもいるのだから『アレ』をやられるとは思っていなかったようだ。
 それでも先生は何の抗議もせず後ろを向きて膝を付いた。
「今日は遅いぞ。早くしろ」
 素直に行動しているように見えるが、どうやらこれでも遅いようだ。
 先生は少し顔を歪ませながらも犬の伏せのポーズを取り尻を持ち上げる
 そして先生の両手が自身の肉厚たっぷりな左右の尻臀を掴むとまるでその瞬間を狙ったかのようにカメラがお尻をアップで捉える。
 この時、演出指示があるかのような数秒の間がある。
 このDVDを初めて見る人はこの僅かな時間で考えるだろう。
 こんなエリートがカメラに映されながらず尻を開くことが出来るのかと。
 普通に考えれば出来るはずがない。女として決して晒してはいけないものがカメラに捉えられるのだ。出来るはずがないと。
 しかし、男は知っていた。先生はどんなに嫌でもそれをやる。そんな女性だ
 その予想通りに先生は自らの意思で尻を開きだした、。尻肉はあったりと左右に引っ張られ秘めた肛門をむき出しにした。
 男は無言のままうなずく。
 先生の肛門は薄茶色をしており僅かに中を覗かせていた。
 カメラはすかさずその下にある半開きな割れ目へと向けられると突然肌色の物体が画面を隠す。
 一瞬、先生が恥しさのあまり隠したのかと思ったが、肌はゴツゴツして男性のもの。つまり刑務官の手のようだ。
 カメラの位置が変わり刑務官の手が先生の恥ずかしい割れ目に触れていたのがわかる
「う……」
  先生は低い呻き声とともをあげた。割れ目の中に一本の指を入れられる。
 すると肛門が少しだけ開いた。
 それはまるで女の体の仕組みを教えているかのような動きだった。
 この画像がいつ撮られたものなのかわからないが刑務所に来てから日が浅そうに思えた
 
 カメラが更に引いて先生の全体を映し出す。
 女の股ぐらの全てを晒す悲惨な先生が姿が映し出されると男の息が荒くなる。
 男にとってこのシーンは一番のお気に入りだった。
 おそらくこのDVDを見る大半の人は晒された女性器の中について盛り上がるのだろう。
 確かに出産経験があるエリート女の性器がどんなふうなのか話題になる気持ちはわからなくもない。
 だが男にとって先生のあそこにはそこまでの興味はなかった。
 娘と形が似ていると思うぐらいだった
 そもそもこのシーンの素晴らしさはそんなゲスなものではない。

 そう。先生は肛門を自らの手で晒すことによって弁護士の基本的理念である人権を擁護し社会秩序の維持に貢献する使命を全うしようとしているのだ。
 悪法の改善を訴えるのは弁護士の役目。そしてその悪法を守り模範の姿を見せるのもまた弁護士に課せられた使命。
 先生は数々の輝かしいキャリアやプライドを捨ててまで国民に向けて訴えているのだ。
 そんな思いで晒された肛門を見て美しいと思わない同じ弁護士仲間はいない。
 いや、刑務所に働く刑務官でもわかってくれる人は多いだろう
 あまりに立派な姿だった
 
「う、」
 そんな先生の思いを裏切るかのように男が果てた。
 それと同時にテレビからは先生のどこか切なく悲しいうめき声がした
 若造とも言える男性刑務官の手によって肛門にガラス棒が入れられたのだ。
 男はそこでDVDの再生を止めた。DVDの再生時間はまだ半分以上も残っていたがこれ以上は殆ど見たことがない。

 男にとってこのDVDは先生の尊敬の念を表すと同時に八つ当たりでもあった
 男が先生の法律事務所に入社した時には既に先生は結婚していたからだ。
 もしもっと早く出会っていれば先生の結婚相手は自分でありこんなことにならなかったのにと根拠も何もない思い込みがあった。
 実際に先生の旦那はこの騒動に全く出てこないし、娘まで逮捕されても社会に訴えることもない。
 男にとって旦那の無反抗は先生に対する裏切りであり怒りを向ける対象となった。
 そしてそんな旦那を選んだ先生にも恨みは向けられた。
 男はその逆恨みを晴らすのように先生はもちろん娘の恥ずかしいDVDを見てオナニーをした。
 それは歪んだ愛情。逮捕された人物の裸が公開される社会が生んだ決して実らない上司への片思いの末路でしかなかった


 おしまい
修学旅行、彼女奪られる熱帯夜 総集編